虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
26.夢現の狭間で


 ゆらゆらと、ふわふわと。己の身体が揺れている。
 まるで波をたゆたうように、水面を泳ぐくらげのように、ゆずかはそんな夢を彷徨っていた。
 このまま、全てを忘れて時をたゆたえたならば、自分は幸せなのだろうか。
 そう考えたのも束の間、不意に誰かに手を引かれた気がして意識が浮上を始めれば、途端にまとわりついてきた熱を不快に感じた。身体中が熱く、然し震える程に寒い。じっとりと大量の汗をかいていることに気がついたゆずかは、閉じていた瞼をゆっくりと開く。
「……ぁ、就、にいさま……」
「!そなた、目が覚めたのか!?」
 喉がやられているのだろう。酷い声だ、とゆずかは思った。驚愕したように目を見開いた元就は、しかしどこか安堵しているようにも見える。
 いつからこんな状態なのかは知らないが、彼はずっと自分のそばにいてくれたのだろうか。
「痛むところは、ないか?」
「いたく、ないよ」
 喉も頭も、痛むのかもしれないが麻痺してしまってよくわからない。それよりもただ寒くて熱くて。それだけだと掠れた声で伝えれば、いつも厳しい元就の相好がくしゃりと崩れた。
「辛いであろう。待っておれ、すぐに水を……」
「や、にいさま……」
 繋がれていた手を引き、今にも立ち上がろうとする元就をひき止める。
「どこにも、いかない、で」
 それは、咄嗟に口をついて出たゆずかの本心だった。
 微かなその願いを、聞き取った元就は、浮かしかけた腰を下ろし、涙の膜がはったその瞳をじっと覗き込む。
「おとうさん、も、おかあさんも、わたしをすてた」
「……」
「じぶんたちが、しあわせになる、ためには……わたしが、じゃま、だから」
「……そなたの親は、本当にそのような事を申したのか」
 こくり。小さな頷きを確かめて、元就は腹の底から怒りが沸き上がるのを感じた。
 勝手なものだ。邪魔なものを斬り、必要のないものを捨ててきたからこそ、己は冷酷な詭計智将と呼ばれているのに。己と同じ言葉を吐いたという少女の親が、どうしても許せなかった。
「そのような輩、我が斬り捨ててくれる」
「だめ、だよ。だって……、わたしの、おやだから」
 割りきれない程の縁があるという。それは血のなせる業なのか。捨てられても、忘れられても。結局は全てを憎めない。
 ――だから、待ち続けるのだ。
「わかって、るの……。かえってこない、って。もう、いらない、って、しってる」
「やめよ、ゆずか。それ以上、言うでない」
「でも……、あいたい、よ」
「……」
「ひとりは……っ、や、だよ……」
 頬を流れる幾つもの涙の筋を、指で拭う。泣くな、一言呟いてから、その手を彼女の髪に滑らせた。
「我らが此処に落とされた日。共に在れと、我らに望んだのは誰ぞ?」
「……わたし……」
「ならば、そなたが孤独を感じる必要はあるまい」
 親にはなれないかもしれない。端から見れば、この関係は飯事のようであるかもしれない。本当の意味で、彼女の孤独を埋めることは出来ないかもしれない。
 それでも、共に在ると約束したから。
「何度言えばわかるのだ、そなたには我らがいるであろう。親を忘れろとは言わぬ、だが、たった独りで生きているような顔をするのは、もうやめよ」
「……で、も」
「そなたが望む限り、我がゆずかのそばにいてやらぬこともない」
 ゆずかが続ける言葉はわかっていた。
 そんなことを言ったとて、元就達はいずれこの時代を去るだろうと。そうなれば元の木阿弥。だから、独りで在れるようにしなければ辛いのだ、と。
 だからどうした、と言いたかった。その時は、その時。いっそ、ゆずかを連れ去ってしまえばいい。
「いずれ、そなたが恐れるその日が来た時には……問う」
「……なに、を」
「刻を超越してまでも、我と共に在ることを望むかとな」
 だからそれまでは、安心していればいいのだと元就は言った。
 安心して、己のそばにいればいいと。髪を撫でながら、呪文のように繰り返した。
「ずいぶんと勝手なこと言ってくれるじゃない、毛利の旦那」
「(……ゆずかに望まれるのは、貴様だけではない。己も同じだ)」
 突然現れた忍二人が、元就の手を払う。ぱちぱちと瞬きを繰り返しているゆずかを見下ろして、微笑みかけた。
「俺様達も、毛利の旦那と気持ちは一緒だよ、ゆずかちゃん」
「(ゆずかが嫌だと言うまで、己は離れたりしない)」
「……ぁ……」
 フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らす、元就。笑って頬を撫でてくれる、佐助。繋いだ手から温かさが伝わる、小太郎。
 いつか帰る時が来ても、ゆずかが望むなら大丈夫だと、なんの根拠もない言葉だとしても、それには不思議な力強さがあった。

 今まで小十郎や、他の武将にも、独りじゃない、とは言われたけれど、どこかでその言葉を疑っていた。
 嘘つき、嘘つきと、悲鳴を上げる自分がいた。
 だけど、彼らが本心からそう言ってくれるのなら……今度こそ信じよう。
「ありが、とう」
 頑なだった心が溶ける。
 今までよりもずっと近くに、彼らの存在を感じながら、眠気に逆らえなくなったゆずかは、再び瞳を閉じたのだった。


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