虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
23.冷たくて甘いもの


「……あれ?」
 炭酸飲料に入れる氷を取りに、普段は滅多に開かない冷凍庫を開けてみると、見慣れない箱を見つけた。
「そういえば、たべなかったんだっけ」
 箱を掲げて、夏のことを思い出す。それはまだ、両親がこの家に時折帰ってきていた頃の話。
 珍しく父親にお土産だと渡されたのが、これ。箱入りのアイスクリームだった。結局、それからすぐに彼らは家を出てしまったから、食べる機会もなく放ったらかしにされていたのだ。
 受け取った当時は喜んだものだが、今となっては虚しくてたまらない。罪滅ぼしのつもりだったのかと。仕舞われて忘れられた、アイスクリームに自分を重ね合わせて、ゆずかはぎゅっと箱を抱えた。
「ゆずかちゃん?どうしたの?」
「あ……。佐助さん」
 濡れて少し色がくすんだ髪をバスタオルで拭きながら、ひょっこりと佐助がキッチンに顔を出した。
「あのね。みんな、リビングにいる?」
「ん?うん、いるよ。今日は湯浴みの順番、俺様が最後だし」
「じゃあ、みんなでこれ食べよ」
「なにこれ?……うわ、冷たい」
 指先で触れた箱の冷たさに驚く佐助を連れて、リビングに戻ることにした。

 少々時期外れのアイスクリームは、リビングに集まっていた武将達の興味を惹いた。
「Hum、ice creamか。そういや、televisionでやってたな」
「冷たい甘味とは、まことこちらの世には何でもあるのでござるな!」
 テーブルにドンと置かれたそれを見て、南蛮物好きの政宗と、甘味好きの幸村が楽しそうに反応する。
「(……白い)」
「白いのはバニラで、もも色のはイチゴで、黄色のはパイナップルだよ」
「ぱいなっぷるとは何ぞ?」
「んーと、あまくてちょっと酸味のあるくだものだよ」
「(……ばにら、か。聞いたこともない)」
 箱を開けて、ばらばらと中身をぶちまける。小太郎はバニラ、元就はパイナップル、面妖な食べ物に面食らっていた小十郎は、まだ馴染みのあるイチゴを手にとっていた。
「某は、この白いものにするでござる」
「じゃあ俺様も旦那と同じやつ」
「俺は、pineappleにするぜ」
 それぞれが選んだのを見計らって、どうぞ、とゆずかが促せば、包装のビニールを破って全員がほぼ同時に口に入れた。幸村だけは、ビニールに手間取って佐助に開けてもらっていたけど。
「予想以上に冷てえな……」
「小十郎さん、にがてだった?」
「いや、頭がすっきりして悪くねえ」
「ふむ。不味くはない」
「(……不思議な香りがする)」
「それがバニラの香りだよ、コタ兄」
「なんと美味な甘味でござろう!口の中でとろりと溶けていくようでござる!」
「ちょっと、口の中だけじゃなくて、旦那のあいす溶け始めてるから!」
「ah……、相変わらず騒がしい主従だな」
 最初はその冷たさや、アイス独特の口どけに戸惑っていた彼らも、しばらくすれば美味しそうに食べはじめた。2本目を争っている幸村と元就を、微笑ましくゆずかが眺めていると、アイスの棒をくわえていた佐助が首を傾げた。
「ゆずかちゃんは食べないの?」
「……わたしは……」
「おい、早く食わねえとすぐになくなるぞ。どれがいいんだ?」
「いらない」
 小十郎の問いに、固い声で答えたゆずかに、武将達の手が止まる。
「……そんなの、いらない」
「そなた、それはどういう意味ぞ。まさか、この甘味に毒でも入れたか」
「ちがう」
 冗談まじりに言った元就に首を振って、そっと俯いた。
「それ、おとうさんが買ってきたの」
「ゆずかの父上殿が……?」
「だから、いらない。……あんな人がくれたものなんか、食べたくないから」
 そのアイスは好きにしていい、と。言い捨てたゆずかは、椅子から降りてリビングを飛び出していった。
「ゆずか!」
「っ、待たぬか!」
 政宗と元就の叫びが聞こえても、ゆずかが振り返ることはなかった。それでも武将達の誰もが、彼女の頬を伝う涙を見逃さなかったけれど。


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