虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
22.名実ともに


 かさり。右手に持った買い物袋が揺れる度に、ゆずかは密やかに眉を寄せた。
 それほど強くはないが、手のひらに痛みが走る。昨日の特訓の弊害であろうが、しかし誰にも言うことが出来ずに、痛みから目をそらし続けていた。
「Hey ゆずか、持ってやるから貸しな」
「……だいじょうぶ」
「Ha、強情なGirlは可愛くないぜ?」
「あっ」
 そんなゆずかの様子に、武将たちが気づかぬわけもなく。朝から佐助や小太郎が、さりげなくゆずかを手伝っていたのだけれど。
 今も痛みに耐えるゆずかを見かねた政宗が、少々強引にゆずかの手にあった荷物を奪った。
「だいじょうぶ、なのに」
「いいから甘えとけ」
 不満げな抗議など何処吹く風で無視をする政宗のかわりに、反対側にいた小十郎がゆずかの肩を叩いた。
「鉄棒、ってのは出来るようになったのか」
「うん。まだ失敗しちゃうときもあるけど、ひとりでできるようになったよ」
「そうか、よかったな」
 真っ赤になった手を見れば、ゆずかがどれだけ頑張ったのかはすぐにわかる。得意気な表情を見下ろして、小十郎は目を細めた。
「test、上手くいくといいな」
「うん。今日もね、かえったらコタ兄と幸兄におしえてもらうの」
「ほどほどにしとけよ。それ以上、ゆずかのcuteな手が赤くなったら、猿あたりが泣くぜ?」
 政宗が思わず苦笑すれば、心配しすぎだと再びゆずかが唇を尖らせた。
「風魔なら大丈夫だと思うが、真田は加減をしらねえからな……」
「でも幸兄すごいんだよ。わたしがつかれて休んでると、だいしゃりんんんってさけびながら、何回も鉄棒でぐるぐる回って笑わせてくれるの」
「アイツは何をやってんだ……!」
「Hum、はた迷惑な野郎だな」
「それから……」
 楽しそうに、幸村の話を続けていたゆずかの足が、急にピタリと止まった。
 どうした、と問いかけかけて、二人は目を丸くする。
「ゆずか……?」
「……」
 政宗が声をかけても、顔を蒼くしたゆずかは、返事をすることもなくじっと前方を睨みつけている。
 つられてその視線の先に目をやれば、そこにいたのは少々年を召した婦人だった。
「……あのおばさん……」
「あの女人がどうかしたのか」
「となりの家のひと。……だいっきらい」
 吐き捨てるような声音に、政宗も小十郎も驚きを隠せない。人の良さそうな婦人であるが、と眺めていた二人は、ゆずかの姿を見つけて顔を明るくした婦人の姿を見て、否、と認識を改めた。
 一瞬だけその表情に浮かんだ色を見逃さなかったからだ。
 まるで、“面白い玩具を見つけた”とでも言いたそうな、愉悦に溢れた色を。
「まあ、ゆずかちゃん、こんにちは」
「……こんにちは」
「この方達はどなた?」
「このひと、たちは……」
「ゆずかちゃん、最近噂になってるわよ。男の人ばっかり、ゆずかちゃんの家に出入りしてるって。昨日なんか、背の高い恐そうな人と一緒に公園で遊んでたっていうじゃない。どうしたの?お母さんとお父さんはこの事知っているの?」
「……っ」
 ゆずかが答える間もなくまくしたてられて、ゆずかの顔が泣きそうにくしゃりと歪んだ。
 その表情を目にした政宗が、思わずゆずかを庇うように前に出る。
「ah、madam。悪いんだけどな、その辺にしてくれねぇか。ゆずかが困ってる」
「あら……」
 微笑を浮かべた政宗が言えば、ほんの僅かに婦人が頬を染めた。
「その……、俺達は別に怪しい者では」
「Yes!俺はゆずかの兄の、政宗だ」
「兄……?ゆずかちゃんにお兄様がいるなんて、聞いたことないけど……」
「Hum、知らないのも無理はねぇ。俺は、ゆずかが産まれてすぐに外国に養子に出されたからな。fatherとmotherが仕事でしばらく家を空けるって聞いて、慌ててこっちに帰ってきたんだ」
「まあ!そんな事情が……」
「まだ日本の文化には慣れてねぇんだ……、挨拶が遅くなっちまったな」
 ぺらぺらと、もっともらしい嘘を並べたてる政宗に、婦人が気の毒そうに顔を歪めた。しかし、と今度は隣に立つ小十郎に目を向ける。
「そちらの方は?」
「お、俺は……」
「ah、小十郎は、日本での俺の目付け役みたいなもんだ。俺もそれなりに立場のある人間だからな、悪いが、これ以上は話せねぇ」
 小十郎に喋らせずに、政宗がすらすらと回答を述べていく。確かに、実直な小十郎では嘘を吐く事は出来ないだろう。
「他の奴らは、俺の日本でのfriendだ。ゆずかが寂しくねぇように、騒がしくしてくれって、fatherから頼まれてるんだよ」
「まあまあ、そうなの。私ったらごめんなさいね、ゆずかちゃんが変な男に騙されてるんじゃないかって心配で……」
「No problemだ、madam。俺がいる限り、ゆずかに変な奴は寄せつけねぇよ」
 アンタみたいな奴とかな、と。ゆずかだけに聞こえるように呟いて、ちらりと振り返った政宗が目を細めて笑った。
「政宗兄さん……」
「ああ。……sorry、madam。そろそろ俺たちは失礼するぜ」
「あら……、残念だわ。ゆずかちゃん、困ったことがあったらいつでもおばさんに相談してね?」
「……はい」
「……では、失礼します」
 ようやく冷静さを取り戻した小十郎がゆずかの手を引いて、足早にその場を後にする。
 背中に突き刺さる視線を感じながら、ゆずかはクスリと笑みをもらした。
「政宗兄さん……、ほんとにわたしのお兄ちゃんになっちゃったね」
「悪くねぇだろ?」
「うんっ」
 きっと噂はすぐに回るだろう。政宗がゆずかの兄であると。
 喜んではいけないはずなのに。でも、なんの躊躇いもなく、自分はゆずかの兄だと言ってくれた政宗の言葉が。
 ゆずかには、とても嬉しかった。


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