虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
21.風になろう


 今日も今日とて学校が終わり、ようやく明日は休みという金曜日。
 自宅に帰りついたゆずかは、ただいまの挨拶もそこそこに、ランドセルを玄関に放り出してリビングに駆け込んだ。
「ねえねえ、幸兄っ」
「どうしたのだ、ゆずか?」
「いっしょに公園いこう!」
「こうえん、でござるか?」
 はてそれはなんだ、と首を傾ける幸村の腕を引っ張っていると、ランドセルを片手に持った小十郎がやって来る。
「おい、ゆずか、玄関に荷物を放り出すな!政宗様が真似されたらどうす……」
「ねえ行こうよー」
「う、うむ……」
「公園ってアレだよね、斜めの板みたいなからくりとか、変な棒が組み合わせてあるからくりがある場所」
「うん、そうだよ。佐助さんは知ってたんだ?」
「この前“てれび”で観たからねー」
「……テメェら、少しは人の話を……」
 はあぁ、とため息を吐く小十郎を尻目に、会話に入ってきた佐助へと言葉を返す。しかし、戦国武将に言わせると、公園の遊具もずいぶんと味気なくなるものだ。
「しかしまた、なんでそんなに公園に行きてえんだ?」
「……来週ね、体育のテストがあるの」
「たいいく、とはなんでござろう?」
「んと、運動のお勉強?どれだけはやく走れるかとか」
「てすと、って確か試験のことだったよね?」
「うん。……でもわたし、運動苦手だから」
 走るのも遅いし、跳び箱も飛べない。走り高跳びも縄跳びもそれほど得意ではないし……なにより、ゆずかが一番苦手なのが鉄棒だった。
「このままじゃ、いい成績はとれないとおもうの」
「ああ。それで真田に頼もうってのか」
「うん。幸兄なら、なんでもできそうだから」
 付け焼き刃かもしれないが、幸村と特訓すれば、多少はゆずかの運動神経もよくなるかもしれない。
 期待をこめて幸村を見つめていると、彼の後ろに影が舞い降りた。
「(……己が行く)」
「コタ兄も、おしえてくれるの?」
「……(こくこく)」
 伝説の忍、と謳われる小太郎ならば、きっと身のこなしも軽いだろう。頷きを繰り返す彼に、ありがとう、と小さく微笑う。
「うむ、それではこの幸村も、風魔殿と共にゆずかの力になろう」
「ほんと?よかった……」
「某に任せるでござる!」
「旦那ぁ、ゆずかちゃんは女の子なんだから、加減してあげなよね」
「間違ってもゆずかに怪我なんかさせるんじゃねえぞ、真田」
「うむ、心得た!」
 本当かよ、と保護者二人が案じる中、こうして三人は近くの公園に向かったのだった。

 家の近くの、小さな公園。
 ブランコとジャングルジム、鉄棒と砂場程度しか設置されていない小さな公園には、都合のいい事に人影は見られなかった。
「わたし、これが一番きらい」
「(……これはなんだ?)」
「鉄棒、っていって、この棒をつかんで、くるくる回ったりするんだよ」
 指をさす小太郎に説明すれば、その棒を掴んで軽く首を傾げていた。
 幸村もよく用途がわかっていなかったので、仕方なくゆずかが唯一出来る前回りをしてみせる。
「……こんな、かんじ」
「(要は、この棒を使って動けばいいのだな)」
「ではゆずか、某は少々この遊具に慣れてみるゆえ、しばし待っていてくれ」
「うん。幸兄、がんばって」
 声をかけるゆずかに笑い返して、幸村が鉄棒に手をかける。
 まずは、ゆずかが今見本に見せた前回りから。
「なかなか楽しいものでござるな!」
 くるり。難なくこなしてみせた彼は、何度か確認するように回ってから、笑顔でそう言った。
 隣の鉄棒に手をかけていた小太郎も、ゆずかの見本や幸村の姿を見て、さっそく様々な姿勢でくるくると回りはじめている。
「(すごいコタ兄、テレビにでてる人みたい)」
「(……やり方はこれでいいのか?)」
「う、うん」
「ゆずかは、どの様に回りたいのでござるか?」
「んと、テストでやるのは逆上がりなんだけど……」
 運動神経が悪い人間が、大抵一度は挫折するであろう、逆上がり。ゆずかもその例にもれず、何回練習しても、一度も成功することはなかった。
 こうやるんだ、と、失敗しながらも逆上がりのやり方を見せてみれば、鉄棒の上に仁王立ちしていた小太郎が、ゆずかの横に立つ。
「(己が支える。……もう一度やってみるといい)」
「う、うん」
 小太郎の言う通り、地面を蹴りあげる。そっ、と絶妙なタイミングで添えられた手が、背中を押してくれるけれど。自分の体重を支えられずに、思わず手を離してしまった。
「あ……っ」
「ゆずか!」
「(っ、ゆずか、大丈夫か?)」
「だいじょうぶ……。コタ兄が支えてくれたから、へいき」
 落ちる直前に庇ってくれた小太郎のおかげで、ゆずかに怪我はなかった。ごめんね、と小さくこぼすゆずかに、小太郎が首を振る。
「痛むところはないでござるか?」
「うん。もう1回、やってみるね」
 心配そうな幸村に返事をして、鉄棒を握れば、その手に幸村の温かい手が触れた。
「某もここで風魔殿と支えているゆえ、今度こそ回れるはずでござるよ!」
「ん、がんばってみる」
 ぎゅっ、と次は離さないように力を込めて、思いっきり地面を蹴る。
 腰と背中に、ふたつの手が添えられて、ゆずかの見ていた景色がぐるりと回転した。
「できた……!」
「よくやったでござる、ゆずか!」
「(……あとは、そのまま癖をつければいい)」
 何度か繰り返せば、ひとりでも回れるようになるはずだ、と小太郎が言った。
「じゃあ、忘れないうちにやらなくちゃ」
「うむ!ゆずかがひとりで出来るまで、何度でも付き合うでござるよ!」
「(諦めなければ、きっと出来る)」
「うん!」
 その日。帰りが遅いことを心配した佐助が迎えに来るまで。ゆずかの特訓は長い時間続いたという。


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