虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
17.ホッとするから?


「ゆずかよ」
「どうしたの、就兄さま」
「我の甘味はまだか」
「(……おぼえてた)」
「忘れたとは言わせぬぞ」
「わ、わすれてないよ」
「……フン、ならば早う用意せよ」
 掃除が無事に終わったところまではよかったものの、見計らったように詰め寄ってくる元就に、思わず変な汗が背中に流れたゆずかである。
「んーと、じゃああれにしよう」
「何ぞ、その粉は」
「ホットケーキ、だよ、就兄さま」
「ほっとけーき……」
 早くしろ、とせがむ元就を伴って、やってきたのはピカピカになったキッチン。そもそも、洗濯だ掃除だ、と朝から動いていたゆずかに凝った菓子を作る気は最初からなかったのだが。
「これはね、パンみたいなおかしなの」
 ふかふかしたホットケーキに、バターやメープルシロップをかけて食べると、甘くて美味しいのだと伝えれば、ふむ、と鷹揚に頷いていた。
「まずは牛乳とたまごと……」
 ついでに少量のヨーグルトを。ぐるんぐるんとボールの中でかき回して、そこに何回かにわけてホットケーキミックスの粉を投入していく。
「これくらい、かな」
「ほとんど混ぜていないではないか」
「あんまりまぜると、ふくらまなくなっちゃうから」
 さっくりと切るように。だまが残るくらいでいいのだ、と教えながら、小さめのフライパンを火にかける。
 しばらくしたら一度濡れ布巾で冷まして、もう一度火にかけて生地を丸く流し込んでいく。
「……面倒な。無駄な動きをしているようにしか見えぬ」
「ん、たしかにちょっと大変だけど……」
 ふつふつ、と生地に火が通っていく様子を眺めながら、ゆずかは元就を見上げた。
「でも、どうせ食べるなら、おいしいものを食べたいし……。それに」
「何ぞ」
「おいしいもの、食べてもらいたいから」
 みんなに。そう言えば、元就は訝しげに片眉をあげた。
「がんばって作ったものを、おいしいって食べてもらえると、うれしいんだなって。みんなが来てね、わかったの」
 くるりとホットケーキをひっくり返す。ちょうどいい焼き色がついていて、ほわん、と甘い香りが風に乗った。
「……いままで、だれにも食べてもらえなかったの」
 ゆずかの両親は、仕事から帰ってくるのが遅く、ゆずかが作った食事を食べることはなかった。
 冷蔵庫にいれて残しておいても、夜は外食をして帰ってくるし、朝は食事をする時間がない。結局、誰にも食べてもらえずに傷んでしまったそれを、ゆずかが捨てる羽目になるのだ。
「だから、自分のごはんしか作らないようにしようって、きめた」
 そんなことを何度か繰り返して。食べ物を捨てる、という行為の罪悪感に耐えられなくなったゆずかが、自分の食事以外の食事を作ることはなくなった。
「でも、みんなが来て、わたしが作ったごはんを食べてくれて……。みんなが笑顔になってくれるのが、すごくうれしい」
 幸村が、美味だと叫んでくれる。政宗が、美味いと笑ってくれる。がんばれば、佐助や小十郎が褒めてくれる。元就や小太郎のあまり変わらない表情とか雰囲気が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
 そのことが、何より嬉しい。
「はい、できあがり」
 お皿に移したホットケーキに、バターとメープルシロップを多めにかける。戸棚から出したフォークを添えて、元就に渡せば、仏頂面のままこちらに視線を向けた。
「まだまだ焼くから、たくさん食べてね、就兄さま」
「そなたは……」
「なに?」
「……、いや」
 ふるりと首を振った元就は、皮肉げな微笑みを口元に浮かべて、一言吐き捨てた。
「そなたの親はとんだ愚か者よ。己の為に作られたものこそ、美味であるということもわからぬとは」
「就兄さま……」
「フン、……あの虎若子が騒ぎ出す前に、次のほっとけーきとやらを作るがよい」
「ん、わかった」
 キッチンを出ていく元就を見送り、ゆずかは次の生地を流し込む。

 食べてくれる人がいるから、もう寂しくない。冷蔵庫に放っておかれたままの食事をみて、涙を溜める必要もない。
 元就のように、自分のかわりに怒ってくれる人がいるから、もうひとりで悲しむ必要もないのだ。
「ゆずか!某も、ほっとけーきという甘味を食してみたいでござるぅううっ!」
「あ、幸兄。もうすぐ焼けるからね」
 瞳をキラキラさせて、キッチンに飛び込んできた幸村に、ゆずかは微笑んだのだった。


[ 戻る/top ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -