虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
16.掃除機は乗り物です


 二階のベランダで小十郎と一緒に洗濯物を干したあと。
 リビングに戻ったゆずかがお掃除するよー、と呼びかければ、だらだらごろごろしていた武将たちが意気揚々と立ち上がった。
 やはり何もせずにだらけるよりは、動いていたほうが楽しいのだろうか。
「ゆずか!某はなにをすればよいでござるか?」
「(……幸兄にまかせたら、家がこわれちゃう気がする……)」
「あはー、その予感たぶん当たってるよゆずかちゃん」
「!き、きこえてた?」
「いや、顔に出てただけ」
「ゆ、幸兄はこれ!」
「?透明な……袋にござるか?」
「うん。おにわの雑草を抜いてほしいの。わたしのちからじゃ、抜けないのがたくさんあるから……」
「おお!確かに、ゆずかの小さき手では強靭な雑草とは戦えぬな!某に任せるでござる!」
「(強靭な雑草って、なんかこわい)ん。おねがいするね、幸兄」
「上手いこと考えたねぇ、ゆずかちゃん」
 イキイキと早速庭に向かう幸村を見送りながら、佐助が笑う。庭ならば、壊されて困るものは特にないし。幸村の気合いが空回りしても問題ないだろう。
「佐助さんは、一階のふき掃除をおねがいしてもいい?」
「もちろん。お任せあれーってね」
 差し出した雑巾を受け取って、しゅるん、と煙と共に消える。さすが忍者!とゆずかが目をまんまるくしていると、次にやってきたのは伊達主従。
「Hey ゆずか。俺はなにをしたらいい?」
「んと、政宗兄さんは、お風呂場のお掃除をしてほしいの」
「bathroomか、OK。確かあの、スポンジとかいうヤツで洗えばいいんだったな」
「うん。お風呂の洗剤は、この前おしえた赤いフタのやつなんだけど……おぼえてる?」
「No problem、心配すんな。それほど記憶力は悪くねぇよ」
 ゆずかの頭を一撫でした政宗は、ひらひらと手を振ってお風呂場に向かっていった。
「小十郎さんは、これでほこりを落としてほしいな。わたしじゃとどかないの」
「わかった。二階からやればいいか?」
「うん」
 ハタキを渡せば、任せろ、と優しく笑ってくれる。二階に向かう小十郎を見送り、ゆずかはただ一人、本を読みふけり、ソファから動こうともしない彼のもとに歩き出す。
「就兄さま」
「……我は掃除などせぬ」
「しないの?」
 こてん、と首を傾けたゆずかは、ほんの少しだけ意地悪く唇を歪めた。
「お掃除おわったら、とってもおいしいお菓子をつくろうとおもってたのに」
「!!……なに?」
「お掃除をてつだってくれない就兄さまにはあげないよ。ぜーんぶ、幸兄たちに食べてもらうから」
「……っ」
 悔しそうに歯ぎしりした元就は、ばたん!と本を乱暴に閉じて、勢いよく立ち上がった。
「あれ?どうしたの?」
「っ早う、なにをすればよいのか言わぬか!」
「ん、じゃあ就兄さまは、二階のふき掃除ね。でも、小十郎さんとわたしが先にほこりをおとしたり掃除機をかけたりするから、それまでは本をよんでてもいいよ?」
「……フン」
 む、と眉を寄せ、再びソファに座り直す彼ににやり、と笑いながら、ゆずかはあとで呼びにくると言い置いて廊下に向かった。
「コタ兄は、わたしといっしょに掃除機をかけてくれる?」
「……(コクリ)」
 後ろをついてきた小太郎に問いかければ、小さく頷きを返された。
「(……毛利をやりこめるとは、なかなかやるな)」
「就兄さま、甘いものがだいすきみたいだから。……うまくいって、よかった」
 してやったり、と隣を歩く小太郎を見上げれば、優しく頭を撫でてくれる。
「(……ずっと、そうした顔をしているといい)」
「そうした、かお?」
「(楽しそうな顔を、している)」
「……うん、たのしいよ。みんなが来てくれてから、すごくたのしいの」
 周りを見回せば、必ず誰かがいる。声が聴こえる。ゆずかが話しかければ、笑いかけてくれて。がんばっていれば頭を撫でてくれる。
 独りになってから忘れていた温もりが、心地よくて。彼らと一緒にいる時間は、いつでも楽しい気分になるのだ。

「(……これが、そうじき、という奴か)」
「そう。大きな音がでるけど、こわくないからね?」
 掃除機を二階の自室に運び、コンセントを差し込んだゆずかは、一応そう忠告してから電源を入れる。
 ぶおぉ、と騒音をたてる掃除機に一瞬、びくり、と小太郎の肩が跳ねたけれど、問題はなさそうなので、ゆっくりと床を掃除していくことにした。
「コタ兄は、進むさきにあるものを動かしてくれればいいからねっ」
「……」
 じっ、と掃除機を睨みつけている小太郎に大きな声で告げて、ノズルを四方に動かす。
 早速、進行方向にゴミ箱が見えたので、動かしてくれ、と先程まで小太郎がいた場所に振り向けば。
「……あれ?」
 そこにいたはずの小太郎の姿が、消えていた。
 トイレにでも行ったのだろうか。しかし、それならば自分に一言声をかけるはずだし。まさか小太郎に限って、掃除機に恐れをなしたわけではないだろう。
「おかしいな……、わっ!?」
 掃除機を止めて、何気なく背後を振り返ったゆずかは、驚きのあまり、ノズルを取り落としていた。
 ……想像してみてほしい。背後を振り返ったら、黒ずくめの長身の男性が掃除機の胴体に仁王立ちしている姿を。
「(え、え。なにやってるのコタ兄、まさか掃除機を乗り物だとかんちがいしてるの?それともやっぱり大きな音がきにいらなかったの?ならなんで、そんなに楽しそうな顔をしてるの?)」
「(……どうした?)」
 大混乱のゆずかを尻目に、こてり、と小太郎が首を傾げる。どきりとした心臓を手で押さえながら、ゴミ箱……とゆずかが小さく呟くと。
「(それなら、動かしてある)」
「え?……あ、ほんとだ。ど、どうやって?」
「(己には、風の力が宿っている)」
 そう言った小太郎が、つい、と伸ばした指先を動かすと。それに連動して、ゴミ箱がゆっくりと移動した。
 ゆずかにはまるで小太郎がエスパーであるようにしか見えないが、風を起こして、その力で物を移動させているのだという。
「すごいね、コタ兄、超能力者みたい」
「(超能力者がどういう者かはわからないが、ここにきた人間はみな、同じような力を持っている)」
「そう、なの?」
「(……真田ならば炎、猿飛は闇。伊達の二人は雷、毛利は光だ。それを己らは、婆娑羅の力、と呼んでいる)」
「ばさら……」
 まさしく異世界の証拠であるそれは、ゆずかには想像もできない力だった。しかし、その力が真実なら、小太郎がなにもないところから現れたり、佐助が一瞬で姿を消したりすることも、理解できる。
「(安心しろ、表では使わない)」
「……うん」
 ゆずかが言う前に、危惧していたことをサラリと約束されて、ホッと胸を撫で下ろす。そんな能力、こっちではいい研究材料になってしまいそうだ。
「……じゃあ、またなにかあったら風でうごかしてね」
「(……ああ)」
「(掃除機からはやっぱりおりないんだね、コタ兄……)」
 さすがは忍者。身体の重みは一切感じないから別に構わないが、これを見た幸村や政宗が、掃除機の間違った使い方を覚えてしまいそうで心配だ。
「(……ゆずかの周りをウロウロするよりも、こうして、上から風を使う方が効率が良いと思ったのだが……。なかなか、おもしろい乗り心地だ)」
 伝説の忍の、お茶目な一面を知ったゆずかであった。


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