虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
15.大人と子供


 朝食と後片付けを終え、父の部屋から持ってきた本をソファで読んでいる元就の隣で休んでいたゆずかは、ふわ、と欠伸をかみ殺した。
 幸村や政宗はテレビの前に陣取ってドラマに夢中になっているし、小十郎と佐助は、床よりも背の高いテーブルが座りやすいのか、そちらに落ち着いて主の二人を眺めている。
 小太郎はどうした、と視線をさまよわせれば、窓のそばに立って外を見つめていた。
 ただ何もない時を過ごすだけでも、それぞれのカラーが出ている気がして、ゆずかはクス、と小さく笑みをこぼす。
「(あとできのうできなかったお掃除をして……、お洗濯もしなきゃ。それからあしたは学校だか、ら……?)」
 学校。そのフレーズが頭に浮かんだ瞬間、ぞっと背筋が寒くなった。そう、明日は月曜日。いくら大人びていてもまだ小学生であるゆずかは、学校に行かなければならないのだ。
「ど、どうしよう……」
「どうかしたか」
 思わず洩らした呟きを聞き止めた元就が、不思議そうに首を傾げる。
「あしたから、学校にいかなきゃいけないの。わたし、昼間はみんなといっしょにいられない」
「学校とは何ぞ?」
「んと、わたしくらいの年齢の子がたくさんいてね、いっしょにお勉強したり、運動したり、こどもはぜったいに通わなくちゃいけないの」
「へぇ、そんなのがあるんだ?」
 ゆずかと元就の話を聞いていた佐助が、こちらを向いて声をかける。小十郎も、いい文化だな、と頷いていた。
「そういえばさー、ゆずかちゃんっていくつなの?」
「……女性に年齢をきいちゃいけないんだよ、佐助さん」
「あはー、ゆずかちゃんがその言葉を言うのは、十年早いかな」
 意地悪く笑った佐助に、で?と促されて、10歳になったと答えれば、テレビに夢中だった幸村と政宗がバッ!とこちらを振り返った。
「unbelievable!冗談だろ!?」
「……それどういう意味、政宗兄さん」
「そ、某、ゆずかはまだ6つくらい、かと」
「真田幸村ぁ!バカ正直に言ってんじゃねぇ!」
「竜の旦那ー、その発言も、結構墓穴掘ってると思うけど?」
「……いいもん、どうせちっちゃいもん、わたし」
 このくらいの年の女の子というのは、早く大人の女性になりたがるもので。そして周りの子供たちより背も低く、無表情ではあるがまだ幼い顔立ちのゆずかは、その願望が人一倍強かった。
「(……ゆずか、気にするな。今はまだ幼くとも、ゆずかはきっと美しくなる)」
「いいよ、べつに。そんな無理になぐさめてくれなくても」
「……!(オロオロ)」
「お洗濯してくる」
 完全に拗ねてしまった様子のゆずかは、ぷいっと武将たちからそっぽを向くと、早足でリビングを出て行ってしまった。
「(慰めでは、なかったのだが……)」
「shit!ゆずかに嫌われたら覚えとけ、真田」
「某はなんと言うことを……っ!叱ってくだされぇえぇっぅおやかたさばぁあぁああっ!!」
「Shut up!!」
 赤と青、二人の絶叫がこだまするリビングを、小十郎は痛む頭を押さえながらため息混じりに抜け出したのだった。

「……」
 ごうんごうん、と唸りをあげる洗濯機の前で膝を抱えて、ゆずかは、はあ、と深く息を吐き出した。
 やはりまだまだ自分は子供だ、と。己が幼く見えてしまうのは、自分が一番よくわかっているのに。まさか4つも下に見られていたとは思わず、つい八つ当たりをしてしまった。
「でも、わたしだって……」
 いつかは背が伸びて、胸もちゃんと大きくなって、この幼児体型から卒業して。きちんと年齢相応に見られる、色気のある大人の女性になるのだ、と信じている。
 残念ながら、それはまだずっと先のようだが。再びゆずかがため息を吐けば、誰かが洗面所に歩いてくる音がした。
「こんなとこで拗ねてたのか」
「……お洗濯してるだけだもん」
「そうか。一人じゃ大変だろう、俺も手伝う」
 ふ、と微笑んだ彼――小十郎は、ゆずかと同じように、その隣にしゃがみこんだ。
「悪いな。政宗様も、悪気があった訳じゃねえんだ」
「……うん、わかってる」
「だが、子供扱いされるのは好かねえ、か」
 ぽん、と頭に乗せられた小十郎の手はすごく大きくて、あたたかい包容力に溢れていて。こういう人を、本当の大人というのだろう、とゆずかは思った。
「子供だからと許される時代なんてのは、そう長くねえんだ。今のうちに甘えておいたほうが得だぞ」
「そう、だけど」
 確かに、小十郎の言うこともわかるけれど。ふと、彼を見上げたゆずかは視線を合わせて唇を尖らせた。
「小十郎さんもやっぱり、胸の大きなおとなの女のひとのほうがすき?」
「あ?そりゃあ……って、馬鹿かお前は」
「いたっ!」
 ぱしん、と頭を軽く叩かれて、ゆずかはむっと眉を寄せる。
「女がそういう事を男に面と向かって訊くんじゃねえ!慎みをもて、慎みを」
「(……顔あかいよ、小十郎さん)」
 結局彼だって、大人の女性にしか興味がないのだ。とはいえ今の自分に興味をもたれても、正直、ロリコンかとドン引きするのだが。
「……わたし、おとなになれるのかなぁ」
 自分が思い描く、理想の女性に。ぽつり、ゆずかが呟けば、小十郎が呆れたように笑った。
「心配するな。ゆずかは、きっといい女になるさ」
「でも……」
「見かけより、もっと磨かなきゃならねえところは沢山あるだろう」
 例えばそれは心であり、知識であると小十郎は言った。
「じゃあ……」
「なんだ」
「いっぱい、心をきれいにみがいたら、小十郎さんもわたしをすきになってくれる?」
「……ああ。そうだな、そうなるかもしれねえな」
「本当に?」
「生憎、嘘は嫌いでな」
 しかし、今のゆずかの発言をもし自らの主に聞かれたら、たいそう機嫌が悪くなるだろうな、と小十郎は苦笑した。
 そういう意味ではないにせよ、ずいぶんとこの娘を気に入っているようだから。
「わたし、がんばるね!」
「ああ」
 一昨日よりも、昨日よりもずっと。表情が増えていくゆずかを見て、小十郎は思う。
 そんなに頑張らずとも、そのままの笑顔で日々を重ねていけば。いずれ誰もが放っておかない、魅力的な女性に成長するのだろうな、と。


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