虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
14.独眼竜と少女


 しばらく元就とリビングで茶を啜っていれば、それからすぐに他の武将たちも起きてきて。そこは一気に騒がしくなった。
「ゆずかちゃん、毛利の旦那と仲直りしたの?」
「ん、仲直りできた」
「そっか、よかったね」
「……うん。心配かけてごめんなさい」
「いいのいいの。俺様が勝手に心配してただけだから」
 朝食の準備中。魚焼きグリルで焼いていた鮭をひっくり返していれば、佐助がキッチンに現れた。
 す、と目の下に出来た隈をなぞられながらそんなことを問いかけられて、申し訳なさそうに答えたゆずかに佐助は笑った。
「ゆずか!朝餉の前に、庭で鍛錬をしたいのだが……」
「うん、いいよ。でもヤリは使っちゃだめだからね?」
「承知しているでござる!」
 顔を出した幸村に答えれば、彼は嬉しそうにリビングに戻っていった。
「旦那は、身体動かすのが好きだからねー」
「いいなぁ、わたし、運動にがてだから」
「じゃあ今度、旦那に教えてもらったら?」
「ん、そうする」
 カラカラと、庭への窓を開ける音が聞こえて、そういえば、とゆずかは佐助を見上げる。
「政宗兄さんと小十郎さんは?」
「右目の旦那は、さっきまで庭にいたけど。竜の旦那は見てないね」
「まだ寝てるのかな?わたし、起こしてくるね」
 コタ兄、小さくそう呼びかければ、一陣の風が舞う。目の前に現れた小太郎は、どうした、というように首を傾げた。
「お魚、こげないようにみててほしいの」
「(……わかった)」
 ぽんぽん、と頭を叩くように撫でられて、小太郎は腕組みをしたまま、魚焼きグリルを睨みつけた。
「(そ、そんなにじっと見てなくても……)」
「こっちは大丈夫だから、いっておいで」
「ん、いってくるね」
 まあ、魚焼きグリルに穴があくわけでもなし。佐助がいれば大丈夫だろう、とゆずかは2階に向かった。

「政宗兄さん……?」
 こんこん、とノックをしても返事がなかったので、声をかけながらノブを回した。
 カーテンが閉め切られたそこは薄暗くて。隙間から漏れる光が、微かに部屋を照らしていた。
「まだ、寝てるの?」
 ベッド脇のサイドテーブルには、彼の鍔で出来た眼帯と、初日の入浴の時にゆずかが渡した白い眼帯が、並べて置かれている。
 それを見たゆずかは、慌てて政宗が横たわるベッドから目を離した。
「(きっと、見られたくないはずだから)」
 天然痘。昨夜、伊達政宗の逸話を探っていた時に知ったその病がどういったものであるかを、ゆずかは知らない。しかし、政宗がそれによって右目を失い、また、大変な苦労をしたのだと。そのことはゆずかにも理解出来た。
「(どうしよう……)」
 政宗に背を向けたまま、ゆずかは考える。このまま声をかけたほうがいいだろうか。それとも、やはり小十郎を呼んできたほうがいいだろうか。
「ん……?」
「……っ!」
 とりあえず目は塞いでおこう、と両手で瞳を隠したゆずかの耳に、小さな呻きが聴こえてきた。それはまさしく政宗のもので。しばらくして、布団が擦れる音が聴こえてくる。
「ah……ゆずか、そこで何してる?」
「朝ごはんできたから、起こしにきたの」
「両目を隠してか?ずいぶん斬新な起こし方だな」
 可愛らしいその姿に、クク、と笑い声をあげた政宗は、ベッドからゆっくりと立ち上がり、ゆずかの肩に手を置いた。びくっ、と突然の感触に、ゆずかの肩が跳ねる。
「sorry、気を遣わせちまったな」
「ううん、……わたしこそ、かってにお部屋にはいってごめんなさい」
「いいんだよ、気にするな」
 普段であれば、暴れだしていたかもしれない。出ていけ、と、怒鳴り散らしていたかもしれない。この右目のせいで様々なものを失った政宗は、小十郎以外の人間に右目を見られ、恐れられることに酷く敏感だった。
 しかしその小さな両手で瞳を隠し、自分に背を向けて、必死に政宗の痛みに触れまいとするゆずかに、怒りをぶつける気にはなれなかった。
「なあ、ゆずか」
「なに?」
「見てみるか?独眼竜たる所以を」
「え……っ!」
 ゆずかの両手の上から、自分の右手を重ね合わせる。左手でその小さな身体を後ろから抱き寄せて、驚くゆずかに政宗は苦笑した。
「共に暮らしてるんだ、いつかは隠せなくなる時がくる。予期せずに見られて、ゆずかに怯えられるのは辛いからな」
「政宗兄さん……」
「竜の逆鱗に、触れる覚悟はあるか?ゆずか」
「……、うん」
 一瞬の戸惑いの後。強く頷いたゆずかを認めて、政宗はゆずかの手を外した。

 何度か瞬きをすれば、暗闇に慣れていた瞳は、すぐにその姿を捉える。
 床に膝をつき、目を閉じた政宗の顔がすぐ目の前にあって。ゆずかはこくりと唾を飲み込んだ。
「……いたく、ない?」
「No problem、痛くはねぇよ」
 痘痕と呼ばれる、天然痘の発疹痕。右目の瞼や周辺に残ったそれを、ゆずかはそっと撫でた。
 開かれた瞼の向こう側には、なにもない。ただぽっかりと、深い闇が広がっているだけだった。
「恐くねぇか?」
「こわくないよ。だって、この右目もぜんぶ、政宗兄さんだもん」
 恐れる部分なんかどこにもない、忌み嫌う必要もない。その右目も含めた全てが、伊達政宗だから問題ないのだと、ゆずかは言った。
「そうか。……That's a good girl(良い子だ)」
 両の瞳を優しく細めて、ゆずかの髪を撫でた政宗は、そう呟いて笑った。
「政宗兄さん」
「ah?」
「これからは、いつでも一緒にいられるね」
「ああ……そうだな」
 起きている時も、眠る時も。いつだってどんな時だって、政宗の顔を見ていられる。
「そろそろ行かないと小十郎がうるさそうだな。行くか、ゆずか」
「うん、政宗兄さん」
 それが、とても嬉しかった。


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