虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
13.日輪の下で


 翌朝。結局、ほとんど眠れずに朝を迎えたゆずかは、自室を出てリビングにやってきた。
 まだ太陽は顔を出したばかり。誰もおらず、しん、と静まり返ったそこに、ゆずかのため息が響いた。
「(就兄さま、まだ怒ってるかな)」
 生意気を言ったと自覚している。八つ当たりだったとわかっている。しかし。
「(未来をいちばん知りたくないのは……わたし)」
 過去の人物でもない、今を生きるゆずかに、未来を知る術などない。だが、例え未来を知ることができる立場に自分を置き換えたとしても、ゆずかは知りたくなどなかった。考えただけで、恐くてたまらなくなってしまったのだ。
 自分はこんなにも弱くて。この先にある未来を恐れているのに。恐れなどない、と言い切った彼の強さに、苛立って仕方なかったのだ。
「窓、あいてる……?」
 ふ、と顔を上げれば、カーテンがひらひらと風に揺られているのが見えた。昨日も寝る前にちゃんと戸締まりは確認したはずなのに。小太郎や佐助あたりが、また外に出たのだろうか。

「……ぁ、」
「……そなたか」
 カーテンを開けて、誰かいるのかと庭に顔を出せば。そこにいたのは元就だった。
 太陽の光を浴び、眩しそうに目を細めて。ゆずかに視線を向けた彼は、存外穏やかな表情をしていた。
「なに、してるの?」
「日輪への挨拶ぞ。まず日輪の光を浴びねば、目覚めた気がせぬ」
「お日様、すきなんだ」
「そなたも、こちらに来て浴びるがよい」
「……ん」
 置いてあったサンダルを履いて、元就に近づく。その横に立てば、体がぽかぽかと暖かくなってくる。
「……我に、恐れは必要ない」
「え?」
「昨夜の話ぞ」
 まさか元就からその話を持ち出してくるとは思わず、ゆずかは目を丸くした。
「日ノ本の天下になど興味はない。我は、我が安芸が安泰であればそれでよいのだ」
「じゃあどうして……未来をしろうとしたの?」
「天下人を知れば、先んじて其奴に取り入る事も可能であろう。さすれば、我が安芸が脅かされることもなくなる」
 言い切った元就は、ゆずかに視線を向けることなく、淡く微笑んだ。
「未来を恐ろしく思っておるのは、我ではなくそなたぞ」
「……」
「未来を知り、絶望することが恐ろしいのであろう?」
「そう、だとおもう」
 両親に捨てられてから。短い間ではあるけれど、たった独りきりで生きてきた。
 彼らが再び、この家に戻ってくることを信じて。また三人で、笑って暮らせることをただ望んで。
 然し、その可能性が限りなく低いことも、ゆずかはちゃんと理解していたのだ。それでも、未来はわからないから。だから、その限りなく低い可能性に賭けられる。夢を見ていられる。
 未来を突きつけられたら――もう、夢から醒めなければならない。
「然し、そなたは言っていたな。誰の未来も、まだ決められていないのだと」
「……いった」
「人は、神にはなれぬ。未来を知る術など存在せぬのだ。ならば、そなたの未来も決められておらぬではないか」
 いつのまにか俯いていたゆずかの頭に、元就の手がぽん、と乗ってきた。初めて、元就が自分に触れてきたと。気づく間もなく、柔らかな声が届く。
「何に怯えている」
「……っ」
「例え、未来が決められていようと、それが己にとって不都合であれば……」
 そんなものは変えてしまえばいい、と。元就は言った。
「我が歩む道を決められるのは、我だけぞ。予め決定づけられた未来にただ進むなど、つまらぬわ」
 フン、と常通りに鼻で笑い飛ばした元就の顔を、ようやくゆずかは見上げた。光に照らされた彼が、涙でゆらゆらと歪む。
「泣くでない」
「泣いて、ないっ」
「フン、ならばよいわ」
 怒らせたのに。きっと傷つけたのに。八つ当たりをした自分を叱るでもなく、こうして的確な答えと励ましをくれる。それが嬉しくて……、そんな彼の強さが、すごく羨ましかった。
「ゆずか、そなたが知る毛利元就と我は……、似ているのか」
「……やさしいひと、だったんだって。ちょっとお説教がすぎるひとだったけど、みんなを大切にするひとだった、って」
 眠れぬ間、ゆずかはこの世界での彼らをざっと調べていた。いつかこうして、訊ねられた時の為に。
「似ておらぬな。やはり別人ぞ」
「そんなことないよ」
「優しさでは、誰も守れぬ。其奴はただの……甘い人間よ」
 吐き捨てた元就は、ゆずかの頭を撫でていた手を外すと、リビングに向かって歩き出した。ふと空を見上げれば、太陽が雲に隠されていて。姿勢のいい元就の背中を見ながら、ゆずかは心の中で呟く。
「(やさしいよ、就兄さまは)」
「ゆずか、我は喉が乾いた。茶を用意せよ」
「うん」
 優しくて、暖かくて。すれ違った元就からは、お日様の香りがした。


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