虹色の明日へ | ナノ


色の明日へ
12.とこしえに遠く


 夕飯を済ませ、お風呂タイムと相成りまして。今日は、昨日一番最後だったゆずかが最初に入れ、と小十郎と佐助に促され、ゆずかが風呂場に消えてから数分。
 ぱちり、元就が観ていたテレビを消せば、しん、と重苦しい沈黙があたりを支配した。
「良い子だよね、ゆずかちゃん」
「うむ。少々、子供らしからぬ瞳をしているが……。縁も所縁もない某たちを受け入れ、共に暮らそう、などと。このご恩、某たちが帰るまでに返せるかわからぬ」
「フン、そもそも、我らが元の世に帰れるかどうかもわからぬわ」
 いつからか全員で決めていた、暗黙の了解。ゆずかが離れた隙に、自分達が何故ここにいるのかを相談しよう、と。吐き捨てるような言葉だったけれど、口火を切ったのは、やはり元就だった。
「貴様ら、こちらに来る前は何をしていた」
「ah?俺は縁側で月を見てたな」
「俺は、政宗様と共にいた」
「俺様は、旦那に任務の報告をね」
「某は、庭で鍛錬を……」
「(己は、栄光門の上にいた)」
「そういうアンタは何をしてたんだ?」
「我も貴様と同じよ、月を見ていた。……ふむ、共通点はひとつ、か」
 それぞれの話を聞いた元就は、ひとつ唸ると小さく頷いた。
「理由は違えど、全員が外にいたみたいだね」
「左様。他に気づいたことは」
 元就が訊けば、全員が首をひねる。元の世界を思い出しているのだろう、その瞳には複雑な色が浮かんでいた。
「そういえば……」
「何ぞ」
「あの日、やけに星が多くなかった?」
「……星、か。確かに」
「Hum、そういえばそうだな。星がやけに流れてやがった」
「うむ。佐助が某のもとに参った時、一際輝く流星を見たでござる」
「なるほどな。まだわからねぇが、原因はそれ、か」
 流れ星に願いを。現代では浸透しているそれが、自分達を呼んだのではないかと。それを知らぬ武将達はようやく気づく。
「(……ゆずかが、己らを呼んだのかもしれない)」
「ゆずかちゃんが?」
「(あの子は、家族が欲しいと願っていた)」
「星があの子の願いを叶えたって?ふーん、伝説の忍って意外と夢見がちなんだ?」
「(……茶化すな。然し、もしあの時、此方でも星が流れていたとしたら……)」
「ならば簡単なことよ。再び、あの日と同じく星が流れれば、我らは元の世に戻れるやもしれぬ」
 それがいつになるかはわからないけれど。神の気紛れが再び起これば、自分たちは帰れるかもしれない。そう考えれば、少しは気が楽になった。
「それよりも、我には気になる事がある」
「ah?何だ?」
「阿呆な貴様達にはわからぬか」
「テメェ……」
「フン……、ここが先の世であるならば、当然わかるはずであろう?……天下人の名が、な」
「!た、確かに毛利殿の言われる通りでござる」
 そう、ここが彼らの生きていた世の未来であるならば、彼らの時代で天下を取り、日ノ本を統べた人物の名も、当然伝わっているだろう。
 それが自分であるのか、はたまた幸村のように、己が敬愛する人物であるのか、知りたいと思うのもまた、自然だった。……けれど。
「それを知るのは、むりだと思うよ」
「!ゆずか!」
「聞いてたのか……」
「ごめんなさい、立ち聞きして」
 がちゃり。扉を開けて入ってきたのは、風呂に向かったはずのゆずかだった。手には何冊かの本を持ち、ゆずかは武将達が円を組むその真ん中に腰を下ろした。
「無理とは、どういう意味ぞ。そなた、この世には天下人の名が伝わっていないとでも申すか」
「ちがう。それはちゃんと伝わってる。でも、そのひとは……わたしの“世界”で天下をとったひとだから」
「“私の世界”って……どういうこと?」
「ここは、みんながいた“世界”の未来じゃないとおもう」
 元就や佐助の質問に答えれば、全員が驚いて目を剥いた。一度全員をぐるりと見回し、ゆずかは持っていた本――社会の教科書を床に広げた。
「このひとが、わたしの世界での織田信長」
「impossible!(ありえねえ!)こいつが魔王だと!?」
「(顔も、体格も、全てが違う)」
「うん。でも、わたしが知ってる織田信長はこのひとだけ」
 そもそも考えてみれば簡単なことだったのだ。ゆずかの知る戦国時代の武将と彼らは、あまりにも違いすぎる。
 髷もなければ、英語を話す人間もいる。迷彩柄の忍も、レザーに似た赤い衣装も、あのまあるい刀だって。きっと戦国時代には存在しなかった。
「だけど、みんなの反応をみていれば、みんなが戦国時代から来たのはうそじゃないとおもう。だから……“世界がちがう”んだなって気がついたの」
「世界が違えば、当然たどり着く歴史も違う。だから、この世の天下人を……戦国の世の歴史を知ったところで、役には立たねえ。……そう言いてえのか」
「うん。……みんなの未来は、まだだれにも決められてないんだよ」
 だから例え、なにかの切欠でこの世界の天下人を知ってしまったとしても、怖がらないでほしい。気にしないでほしいのだ、と。そうゆずかは言った。
「そなた、我がそのような事を恐れていると申すか」
「だれだって恐いよ」
「……なに?」
「恐いよ。じぶんの未来がわかっちゃったら。そればかり考えて、そればかりに囚われて。なにもできなくなる。なにもしたくなくなっちゃう。きっと就兄さまだって、心のどこかでは恐がってる。だから、未来を知りたいとおもったんでしょ?」
「っ、我を愚弄するか!」
「やめねぇか毛利っ!」
 自分がこの先、どう生きるのか、何を成すのか、成せぬまま終わるのか。それを知るのが恐いから知りたくないのに、恐れているからこそ確かめたい。自分は幸せな時を歩んだのだと、信じたいのだ、人間は。
「……っ!」
「就兄さま……」
 振り上げた拳をゆっくりと下ろし、真っ直ぐに己を見つめていた瞳から目を逸らした元就は、そのままリビングを出て行ってしまった。
「だいじょうぶ、かな」
「(……気にするな。ただの癇癪だ)」
「毛利殿は智将と呼ばれるお方。きっと、色々なことを深く考えすぎてしまっているのだろう」
「……」
 乱暴に閉じられた扉の先で、ゆずかは元就が泣いているような気がしてならなかった。


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