ゆめのあとさき | ナノ


 05




 新鮮な畳の香りがする和室にて。私と猿飛佐助さん、真田幸村さんの3人が、向かい合っていた。
「……つまり、ですね」
 静まり返った空気に耐えられず、私はジャケットの裾をぎゅっと握って、沈黙を破った。
「私は異世界から来た、のだと思います、恐らく」
 ……ああ、猿飛さんと真田さんの視線が痛い。

 猿飛さんと真田さんに連れられて、この和室にやってきてから。私は様々な内容を質問され――また、自分も色々なことを二人に訊ねてみた。自分が置かれた状況の把握。まずは、そこをハッキリさせなければ始まらない。
 ここは何処なのか。どのような思潮がまかり通っている世界なのか。私は、そして彼らは何者であるのか。
 問われ、答え、訊ね、逆に問い返されて。幾度ものやり取りを重ねた私たちは、次第に言葉を失っていった。
 まず私が理解したことは、ここは私が生きていた世界とは違う、別の異世界である、ということ。
 私がいた世界では、真田幸村という名はモデルとなった人物はいたものの、そもそもそれは物語の登場人物の名であったし、それこそ猿飛佐助なんていう人間は“存在しない”。
 存在しないはずの人間が存在する矛盾。……それを言ったら、今ここにいる私こそ、その矛盾のもっともたるものかもしれないけど。
「異世界、ねえ」
 猿飛さんの声が、だいぶ冷えている気がした。
 自分だってわかっているのだ。こんな嘘みたいな話、もし真面目に言っている奴がいたとしたら、正直精神病院にでも行ってこいと思うし、もちろん聞かされたって信じたりしない。
「信じてほしい、とは、言いません」
 自分すら信じられない、そんな話を他人に信じろなんて、どの口が言えるものか。
「……まあ、嘘にしてはあまりにも手が込んでる気はするけど」
 がしがし、と呆れ顔で頭を掻く猿飛さんが、大きなため息を吐いた。
 彼らとのやり取りの中で。夢を見る前は何処にいたのだ、と訊かれたので、東京だと答えた。
 東京とはなんだ、と言われたので、日本の首都だと答えた。
 日本とは日ノ本のことか、と訊ねられたので、遥か昔にそう呼んでいたそうだ、と返した。
 すらすらと淀みなく。私にとっての真実を述べた事が、猿飛さんには良い方向に作用したようだ。
「五葉殿がいた世界の過去ではなく、何故、異なる世界だと申されるので?」
「……なんとなく、でしょうか」
「ずいぶんと漠然としてるじゃない」
「すみません……、本当は、あまり言いたくないのです」
 例え異なる世界だとしても。貴方達は存在していない人間なのだ、と。言ってしまうのはあまりにも辛かった。
「そうでござるか。ならば、某も訊きますまい」
「すみません。本当は、一から十まで説明しなければならない立場だと、わかってはいるのですが」
「良いのです、五葉殿。五葉殿の目を見れば、嘘を吐いていないのは明白。なれば、敢えて追求する必要はありませぬ」
「旦那はまた、そんな簡単に信じて……」
 気苦労が絶えません、みたいな顔をして、やれやれ、と首を振った猿飛さんは、不意に私を強い眼差しで射抜いた。
「俺様は、そう簡単に信じないよ」
「わかって、ます」
 和室に着いてからの会話の中で、彼らの立場についても話は聞いている。真田さんは武田信玄公に仕える武将で、猿飛さんはその真田さんに忠誠を誓った、忍。図らずも、かの物語の“猿飛佐助”と同じ忍である彼は、そう易々とこんな荒唐無稽な話を信じたりはしないだろう。
「それで、五葉殿。五葉殿は、これからどうなさるおつもりで?」
「そう、ですね……」
 う、と言葉を詰まらせる。いきなりとんでもないことが次から次へと起こって、正直この先の事なんて考えている暇がなかったのだけれど。
「元の世界に帰りたい、それが一番の望みです。その方法を探そう、とも思いますが、夢で出逢った女性の言葉を考えると……」
「そう簡単には帰れそうにない、って?」
「はい。“もう戻れない”そう言われた言葉が、ずっと引っ掛かっているのです。その言葉通り、もう二度と元の世界に戻る事は出来ないのか、それとも、何か条件があって――例えば彼女の言うように“闇に囚われた者”を救えば、私は元の世界に戻れるのか。どちらかはわかりませんが、戻れる方法が少なからずあるならば、探して、試してみたいと思います」
 私がそう言い切れば、真田さんが深く頷いた。
「左様でござりまするか。なればこの幸村、微力ながら五葉殿のお力にならせていただきたく」
「えっ!?」
「異世界から参られたのであれば、行く宛もありますまい。五葉殿が元居た場所に帰られるまで、この上田城に住まわれては如何でしょう」
「はあ!?」
 猿飛さんが思わず上げた叫び声。正直、私も同じように叫びそうになった。
「こんな怪しい奴を城に住まわせるって、正気かよ旦那!」
「無論。そうと決まれば佐助!お館様にご報告に参るぞ!」
「ちょ、旦那、まだ話は……っ!!」
 うぉおやかたさばぁああっ!!
 きーん、という余韻を耳に残して。真田さんは善は急げとばかりに、和室を飛び出して走っていってしまった。
 ぽつん、と残された私と猿飛さんは、開け放たれた障子の先をポカンと見つめるしかない。
「……ハア。アンタの部屋はあとで用意させるから。しばらくじっとしててよね」
「あ、はい。……あの」
「なに?俺様忙しいんだけど」
「私は、ここに置いていただける、と?」
「旦那がそう決めちゃったからね。大将もアンタの事情を聞けば、駄目だとは言わないだろうし」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「それは、俺様じゃなくて旦那に言ってやって」
 苦笑のようなものを漏らした猿飛さんは、じゃあね、と手を振ると、とろり、自らの影に溶けるように消えてしまった。

「……。ちゃんとあるじゃん、異世界の証拠」
 誰もいなくなった部屋で。私はそう独りごちるしかなかった。



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