ゆめのあとさき | ナノ


 04




 ――夢を、視ていた。
 神々しい輝きを放つ、純白の衣をまとった女性。まるで神御衣の様だ、と、仰向けに横たわったままの私は、ひらひらと揺れるそれを眺めてそんな事を思っていた。
「ごめんなさい」
 ずいぶんと長い艶やかな黒髪が、跪いた彼女に合わせて床に広がった。なにを謝っているのだろう。彼女は、私に何か謝るようなことをしたのだろうか。
 うっすらと涙すら浮かべて、そっと私の髪に触れる。
「何も知らない貴女を巻き込んでしまった」
「……」
「闇に触れた貴女は、もう何も知らずにいた頃には戻れなくなってしまった」
「(もう……、戻れない)」
 何故だか、その言葉が胸に突き刺さった。
「貴女の清浄な魂は、これから起こる出来事にきっと耐えられない」
 頬に触れたのは、果たして彼女と私、どちらの涙だったのだろう。
「けれどもう今となっては、貴女にしか救えない」
「(救う……私が?誰を?)」
「生者とも、亡者とも。共に歩んできた貴女にしか」
 彼女が手を広げると、柔らかな光が中心に集まっていく。光が形作ったのは、一振りの剣。
「出来るだけの力を。闇を祓う為の力を。せめて貴女の肉体だけは、自らの力で守れるように」
 彼女は、私の胸にその剣を抱えさせると、再び両手を広げた。
「先を見透す為の眼を。天照らす浄化の光を。闇に囚われた者達を救う、道標となるように」
 現れたのは、片手で抱えられる程の古風な鏡だった。しかし、その鏡面は曇りひとつない輝きを放っている。
「そして切り札は、貴女のここに」
「(……御守り?)」
 彼女が指した場所は、胸元。あの男がどうしてか狙ってきた、兄に貰った御守りがしまってある場所だった。
「忘れないで。貴女は決して独りではないことを」
 ――独りでは何も為せないことを。
 語りかけてくる彼女の体が、徐々に薄れていく。まるで光に融けるように。
「ごめんなさい……」
 もう一度聞こえた謝罪を最後に、私の意識は再び闇に落ちていった……。


 ――甲斐。
 赤き若虎と迷彩色の影は、倒れたままぴくりとも動かぬその人を見下ろしながら、困惑の表情を浮かべていた。
「お、おなご……?」
「旦那、あんまり近づかないでよ。武器も持ってるし、気絶したフリをしてるのかもしれない」
 おずおずと、彼女を覗き込む赤き若虎――真田幸村を制し、彼の忠実な影である忍――猿飛佐助は、くないを手に彼女の傍らに膝をついた。
「(見たことのない着物。抜き身のままの刀。……忍、か?)」
 正直、体つきからすると忍にはとても見えないし、抜き身の刀も、忍が扱う武器にしては不釣り合いな程に大きい……が、とにかく怪しいことにはかわりない。
 いつでも対処出来るように身構えたまま、佐助が彼女の処遇を考えていると。
「佐助!その女子……怪我をしているようだが」
「へ?ああ、本当だ」
 彼女から微かに匂う血臭。その発生源はここだったか、と、幸村に言われて彼女の手首に視線を落とした。
 爪で抉られたような、痛々しい傷痕。縦に並んだその跡は、やけに生々しかった。
「……っ、」
「あ、気づいた?」
 ぴくり、と閉じられたままの瞼が動いた。ゆるゆると開かれた瞳に、見下ろしている自分の姿がうつる。彼女が現状を認識して声を上げる前に、佐助は構えていたくないを彼女の白い首筋にあてがった。
「はいはい、そのまま動かないでねー」
 あくまでも口調は軽く。偽りの笑顔を浮かべて言えば、彼女の瞳が驚きに見開かれる。
「動いたら死ぬよ」
 更にもう一度、念を押すように冷たく吐き捨てれば、首筋に当たる異物に気づいたのだろう。彼女の瞳に怯えの色が宿った。
「アンタ、何者?こんなとこまで入り込んで。旦那の首でも狙いにきたワケ?」
「ち……、ちがい、ます」
 震える声で紡がれたのは、否定。まあ、馬鹿正直にそうだなんて答える奴はそういないけど。
「じゃあ、なんでここにいるの。そんな物騒なもん持って。俺様が気づかないなんて、相当な手練れとしか思えないんだけど」
「そんな、物?」
「アンタが大事そうに抱えてるその刀」
 言われて初めて気がついたかのように。その感触を確かめるような動きで、彼女の指先が動いた。
 瞳に浮かぶのは、深い困惑の色。
「ゆめ、じゃ、なかったんだ」
「……夢?」
「すみません……私にも、よくわからなくて」
 その声音は、本当に自分がどうしていたのかわかっていないみたいだった。参ったな、と佐助は内心でため息を吐く。間者らしい素振りが少しでもあれば、問答無用で対処出来るのに。何だか面倒な事になりそうだった。
「佐助、もう良いであろう!某には、その女子が忍であるようには思えぬ!」
「そうは言ってもね、旦那。この子どう見たって怪しいんだから、せめて捕らえて拷問にかけてから……」
「ならぬ!!」
 ほらやっぱり面倒な事になった。女子が苦手な癖に、なんだかんだ言って女子に滅法優しい主の叫びに、佐助は仕方なく首筋に当てたくないを外した。
「ぁ、……ありがとう、ございます」
「言っておくけど、変な動きしたらすぐに殺すからね」
「わかってます……」
 ゆっくりと上半身を起こした彼女は、そこでようやく、自分の身の丈程もある長さの刀に目をやった。
「本当に、夢と、同じ」
「大丈夫でござるか?ずいぶんと顔色が悪いようでござるが……」
「すみません……大丈夫、です」
 気遣わしげに訊ねた旦那に、ペコリと頭を下げる。全く、そんな簡単に声なんかかけてくれちゃって。
「さっきから夢、って言ってるけど、どういう意味?」
「自分でも、まだよくわかっていないんですが……」
 ぽつぽつと、彼女が語り出した内容は、到底信じられないような話だった。

「じゃあアンタは、その女に刀を貰ったって言うわけ?……夢の中で」
「はい。それから、鏡も」
 夢の中での出来事が、そのまま夢と現の境を越えて、現実にやってきた。自分達を誤魔化す為の嘘にしては、あまりにも荒唐無稽な話だった。
 ふむ。とくないを片手で弄びながら、ひとつ唸ってみる。あまりにも荒唐無稽……逆に、だからこそ真実味がある、とも言えた。こんな嘘にもならない話、言ったところで疑われるだけだ、と幼子でもわかるだろう。にもかかわらず彼女が語ったということは。
「その鏡というのは……、もしやあれのことでは?」
「あ、そ、そうです」
 幸村が指し示した先――揃えられた植木の影に隠れるようにして落ちていた物を拾い上げてみれば、確かに。彼女が言うように、それは鏡であるらしかった。
「……旦那、どう思う?」
「う、うむ」
 突然の問いかけに当惑する幸村だったが、それでも未だ怯えの色を瞳に宿し、自分達が視線を向けるだけで体を小さく震わせる彼女を見ていれば、どうしても。
「某には、この女子が嘘を吐いているとは思えぬ……」
「言うと思ったよ」
 苦く笑う佐助自身も、彼女の話を一笑に伏す気には何故かなれなかった。優しい主の甘さが移ったかな、と渋い気分になりながら、これ見よがしにため息を吐く。
「アンタ、名前は?」
「あ……、五葉、です」
「五葉ちゃんね。俺様は猿飛佐助」
「某は、真田源次郎幸村と申す!」
「さ、猿飛……佐助?真田幸村、って……そんな、まさか」
「某をご存知で?」
「だってそんな、戦国時代みたいな、名前」
「は?」
「……え?」
「……ちょっとこれは、ちゃーんと話を聞かないとだめかもねー」
 あはー、といつものように浮かべた笑顔は、ずいぶんと乾いたものになっている気がした。




[ prev / next ]
[ しおりを挟む ]
[ 戻る/top ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -