ゆめのあとさき | ナノ


 06




「ちょっと旦那!」
 待ってよ、と後ろから声をかけられて、幸村は足を止めた。ちら、と振り返れば、仏頂面の自分の忍。
「なんだ、佐助」
「何だ、じゃないよ。一体なに考えてんの。あの子をここに住まわせるなんて」
 ずいぶんと立腹しているらしい佐助は、苛々と眉をつり上げて幸村に迫ってきた。
 確かに彼の言い分もわかる。自分だって、彼女の話を何から何まで全て信用した訳ではないし、正直、心の奥底ではそんな馬鹿な、と思っていることも事実。
「佐助、五葉殿の目を見たか?」
「またそれ?嘘は吐いてないって、そりゃ、旦那の言うこともわからないでもないけど……」
「違う」
 言葉を遮れば、佐助はすっと目を細めた。
「あの時――五葉殿が自らの抱えた刀を見て、夢ではなかったのか、と、言った時の目だ」
 その瞳は、幸村にはよく覚えがあった。戦場で、敵兵を斬り殺そうと槍を振りかざした時、城に忍び込んだ間者を始末する時、山賊に襲われた村で、ほんの数人の生き残りの者達が浮かべていたもの。
「あれは……、絶望だ」
 とてつもなく深い、闇の色。様々な負の感情がない交ぜになっている様な、どろりとした黒い絶望。幸村は、あの一瞬、彼女が浮かべた瞳に、その色を見ていた。
「少なくとも、五葉殿は自身が言われていた夢を確かに視たのであろう。刀と鏡――そんな物を寄越されて、何処かもわからない場所に放り出されたのだと、あの一瞬で理解したのだろうと某は思うのだ」
「だから、絶望か。今まで自分のそばにあった平穏が、突然消えてしまったから」
 それがどんなに恐ろしいことかは、想像に難くない。元来、お人好しだの甘ったるいだの佐助に言われる幸村が、そんな瞳をした人間を放っておけるはずはなかった。
 彼女は敵ではないのだから。
「五葉殿からは、敵意も殺意も感じぬ。せめて状況を把握し、ゆるりと考える時間だけでも……与えてやりたいと、そう思ったのだが」
「……旦那がそう言うなら、もう何も言わないよ」
 ふう、と息を吐いて、佐助は仕方なく肩をすくめた。自らの主を侮っていた訳ではないが、ここまで成長していてくれたことに多少の嬉しさも感じる。
「それに……」
「それに?」
「気にならぬか」
「何が」
「“闇に囚われた者達”」
 呟くように、その言葉を風に乗せると、佐助も「ああ」と肯定した。
「俺様も気になったんだよね、その言葉。あまりにも時機が良すぎる気はするけど」
「もしもその“闇に囚われた者達”と五葉殿が、近頃この日ノ本を騒がせている“異変”に関係があるのなら。この甲斐にも“異変”が訪れた時、五葉殿がいたほうが対処がしやすいとは思わぬか」
「なるほどねえ……」
 忍の顔つきに戻った佐助は、主が言った発言を反芻する。
 刀を扱えるような腕でもなく、無表情ではあるが忍ほど心を凍らせられるわけでもなく。異変との関係性も本当にあるかわからず、例え何かが起こったとして、彼女がどれほど役に立つものか、と思わなくはないけれど。
「五葉殿を利用する様で、心苦しいのだが」
 そう目を伏せる幸村は、やはり優しすぎると思いながら、佐助は「いいんじゃないの」と笑った。
「それより大将のとこ行くんでしょ。早く行かないと日暮れまでに戻ってこられなくなるよ」
「あ、ああ、そうだな。行くぞ、佐助!」
「はいよ」
 そうして訪ねた大将――武田信玄の館で。彼らは自分達の考えが間違っていなかったことを知るのだった。



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