ゆめのあとさき | ナノ


 03




 ひと ふた み ……


「Hey、小十郎!なにを物思いに耽ってんだ?」
「政宗様。……いえ、何でもありませぬ」
「ha!そんな顔しといて、俺の目が誤魔化せるかよ」
「本当に、何でもないのです。……ただ」
「ただ、何だ?」
「……嫌な風だ、と」
「hum、確かにな」

 奥州の双竜。湿った風に、着流しの裾がヒラヒラと舞う。
 信頼する右目の、一抹の不安に。彼はひとつしかない眼を、すっと細めた。
「(空が震えていやがる。何なんだ、この異様な雰囲気は)……小十郎」
「はっ」
「この空は、竜が昇る為にある空だ。誰にも侵させやしねえ……You see?」
「無論。この小十郎、命にかえても」
 二人でひとつのその両目で、世を見渡す双竜は気づいている。この蒼穹を、汚す者が這い寄っていることを。


 よ いつ む ……


「野郎共!船を止めろ!」
「「「アニキィ!」」」
 西海の鬼。錨に似た槍を肩に、船首に足をかけ海を睨みつける。
「(海が哭いている……。デケェ戦でも始まる予兆だってのか?)」
「長曽我部、」
「あん?毛利か」
「貴様も気づいたであろう。この海の有り様……余りにも異様よ」
 傍らに立つ、冷たき智将。彼からの珍しい文に、海上にて再会を果たしたのも束の間。慣れ親しんだ筈の海の異常に、鬼と智将は共に顔を歪ませる。
「荒れている訳じゃねえ。なのに、何なんだ、この女が泣くような波の音はよ」
「……音だけではないわ。急激に海が黒く染まり、大量の魚が死滅する現象も起こっておる」
「ッち、このままじゃ、民に被害が出るのも遅くはねえ。……西海の鬼に、海が牙剥く日が来るなんてな」
「ふん、鬼如きが調子に乗るでないわ。瀬戸内の海は我のものぞ」
「んだと!?」
 普段通りのやり取りを交わしながらも、端端に滲む不安は取り除けていなかった。
 眼帯に隠された鬼の眼と、氷の如き智将の頭脳は、忍び寄る異変を確実に捉えていた。


 なな や ここの たり ……


「うつろなるもの……、しんえんのごときやみが、このひのもとにせまっています」
「謙信様……」
「やみにのまれれば、このひのもとはまさしく。ぼうじゃのはびこる、じごくとかすでしょう」
「……」
 毘沙門天の加護を受けし、華麗なる軍神。彼こそ、今、まさにこの国が置かれた状況を一番正しく理解している、唯一の人間かもしれなかった。
「つるぎよ」
「はっ!」
「わたくしのたのみを、きいてくれますか?」
「はい、謙信様!!このかすが、謙信様の命ならば必ず果たしてみせます!」
「ふふ。それでこそ、わがつるぎ。あなたのかがやきは、このやみにおいても、けっしてくもることはありませんね」
「謙信様ぁ……っ!」
 命じたものは、この時世において、少なからず難しいものだったけれど。自らが信頼をおく彼女ならば、やり遂げてくれるはずだ、と。
「わたくしたちをすくう、ひかりが。まもなく……」


 ふるべ ゆらゆらと ……


「佐助ぇ!どこにいる、佐助!!」
「はいはい、っと。なーに、旦那?団子ならもう出さないよ」
「う、うむ。……いや、違う!庭に誰かが倒れておるのだ!」
「はあ!?」
 赤き若虎と、迷彩色の影。非日常は、すぐ側にまでやってきていた。
「ちょっ、こんなところにまで入り込んで、俺様が気づかない訳が……って。女の子?」
 彼らは、ついに邂逅する。


 ふ る べ ……




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