ゆめのあとさき | ナノ


 42


 ばさり、と広い布を頭から被せられ、まるで荷物のように抱えられた私は、そのまま何処かへと運ばれていた。
 布の向こう側で、風を切る音がする。肩に担がれるようにして運ばれているから、振動するごとに骨がお腹に当たって正直かなり痛いんだけど。かといって文句も言えず、薄っぺらい闇の中でため息を溢した。
「着いたぞ」
 端的に告げられた到着の声と共に、どさりと乱暴に転がされる。布を剥がれて、視界に飛び込んできた眩い光に、何度か瞬きを繰り返した。
「……」
 うつ伏せになっていた身体を起こせば、目に入ってきたのは鮮やかな緑色。
 下から上に、舐めるように視線を動かすと、私を見下ろす冷たい瞳と目が合った。
 綺麗な人だな、と暢気なことを思う。男性でありながら、どこか中性的な雰囲気を纏うその人は、非常に冷淡な印象を受ける。笑えばずっと優しげになりそうなものを。
「(……オクラ?)」
 全身を緑で覆うその人の中でも一番目をひくのは、何より細長い兜だろう。そういえば戦国時代の兜の造形って、実用性より趣味に走った物が多いらしいとテレビで見たけど、もうどう考えてもオクラにしか見えないそれは果たして有りなのかどうか。突っ込んだら斬り捨てられるんだろうな。
「……貴様、我を愚弄するか」
「(心を読まれた!?)」
「神の娘と呼ばれるわりには、とんだ間抜け面をしておる」
 冷笑を浮かべる彼こそ、私を馬鹿にしていると思うのはきっと間違いじゃないんだろう。
「我は、毛利元就。日輪の申し子なり。貴様が神の娘で間違いはないな?」
「……さあ。わかりません」
「ほう?神の娘とは己の存在一つ理解出来ぬ愚か者か」
「私は、橘五葉というただの人間です。例え神の血をひいていようと、それ以外の何者にもなりえません。崇高で超越的な神の娘をお求めでしたら、他を当たって下さい」
 実際は血を継いでいるわけではないし、他に自分のような存在がいるとは思えないけど。突然強引に連れて来られて、尋問されるおぼえはない。そう付け加えれば、毛利元就と名乗る彼は、フンと鼻を鳴らした。
「ただの人間に用はない」
「ならば、私を甲斐に帰していただけますか」
「折角手に入れた駒を、我が易々と手放す訳がなかろう」
 下らないと一言で断じた彼は、存外柔らかな手つきで私の頬に触れた。
「己の価値を自覚せよ。貴様がこの世に現れた時点で、貴様は既に人の子ではない」
 その瞳に浮かぶのは、羨望か憧憬か。どこか熱に浮かされたような色に、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
「どこまで……知っているんですか」
「貴様が神の娘と呼ばれている事と、奥州の異変を鎮めた事。そして遥か先の世から、この戦乱の世に喚ばれた事のみよ」
「!何故、それを」
 神の娘と異変の件はまだわかる。しかし、私が異世界からやってきた人間――刻の旅人であることは、甲斐と奥州、そして上杉の限られた人間しか知らない筈なのに。
 問えば、何をわかりきった事を、とでも言いたそうに、片眉を吊り上げる。
「申したはずぞ。我は、日輪の申し子であると」
「(謙信公と同じ……この人も啓示を受けたのか)」
「貴様を確かめるまでは半信半疑であったが」
 真実であったようだな、と。皮肉げに唇を歪ませた彼は呟いた。
「私を捕らえて……、これからどうするつもりなんですか」
「フン、少しは己の頭で物を考えるがよい」
 す、と優雅な所作で立ち上がると同時に、控えていた忍達が再び私に布を被せた。また荷物のように運ばれるのかと、少々うんざりした気分になる。
「貴様の力、我が毛利の為に振るうがよい、神の娘よ」
 布の向こう側から聴こえた声は、私の胸に不安しか生まなかった。


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