ゆめのあとさき | ナノ


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「どうだ、気に入ったか?」
「うん……、予想以上にすごくてビックリしてる」
「そりゃ良かったな」
 鞘を両手で受け取った五葉は、まじまじとそれを見つめた。
 ずっしりとした重さがあるが、どうやら金属製ではなく大部分は木製で出来ているようだ。
 その上から皮を貼り、黒々とした漆が塗られている。細かい斑点文様の美しい装飾は、恐らく鮫皮を削り出した際に出来るものだろう。
 しかしそれよりも大きく目を惹くのは、鞘の中心に埋め込まれた拳大の石である。赤く、表面が揺らめくように輝くその石は、角度を変えると濃さが全く違って見える。まるで当たる光によって色を変化させるアレキサンドライトのような、不思議な石だった。
「綺麗な石だね」
「ああ。その石は、伊達の御用山で鞘師が見つけた物らしい。あの爺さん、このように神秘的な石は神の娘にこそ相応しいって譲らなくてな」
 普通の鞘で構わない、と申し付けたにもかかわらず、無理矢理石を埋め込んだのだとか。
 そっと石を撫でると、それは驚くほどにひんやりとしていた。
「アンタのrequest通り、背に背負えるようにしてあるぜ」
「ありがとう、政宗」
 部屋に置いてあった八握剣を、早速鞘におさめてみる。寸分違わず、ぴたりとおさまったそれは、さすがこの為に拵えただけはあるな、と五葉は感心した。
「片倉さんが言ってたのは本当だね」
「ah?」
「刀は人と同じ、収まるところにおさまるべきだ、って。今鞘におさまって、ようやくこの刀が八握剣として完成されたような気がするよ」
「その八握剣ってのが、この刀の名前か」
「そう」
 刀だけでも、鞘だけでもいけないのだ。二つが一緒になって初めて、それは本物の“刀”になる。片倉に諭されたその言葉を、実感した瞬間だった。

「本当にありがとう。大切にするよ」
 大きな感謝を込めて、改めて頭を下げる。相変わらず気にするなと笑う政宗だが、不意に、その表情が強張った。
「政宗?どうし……」
「黙ってろ」
 一言でぴしゃりと撥ね付けて、立ち上がった政宗はスラリと腰にさした爪を抜いた。
 ただ事ではない。それを理解した五葉も、八握剣を抱えて周囲に気を配る。しかし、やはりまだ五葉では未熟なのか、何者の気配も掴めない。
「Hey、出てこいよ!いくら気配を消そうが、竜の眼は誤魔化されねぇぜ?」
 立ち上がろうとするのを、政宗に押し留められる。刀を構え、政宗が強く吼えれば、複数の人影が部屋に生まれた。
「忍……!」
 深い緑色の忍装束に身を包んだ3つの影が、五葉達を取り囲む。
「……何処の忍だ?」
「貴様が神の娘であるか」
 政宗の問いを無視して、淡々とした口調で一人の忍が五葉に訊ねる。
「(狙いは……私か)」
 一瞬で忍達の思惑を把握した五葉は、肩に置かれていた政宗の手を払い、ゆっくりと立ち上がった。
「そうだと答えたら、貴方達はどうしますか?」
「五葉!?」
「我らが主のもとにお連れする。それだけだ」
 放り捨てるように冷たく告げる忍に、無表情を貫きながら五葉は言った。
「この青葉城にいる誰にも、危害を加えないと約束してください。約束してくださるのならば、私は大人しく貴方達に拘束されましょう」
「っ、Stop、五葉!何言ってんだ!?」
「……我らに命じられしは、貴様の身の安全を保証することのみ」
「ならば全力で抵抗するだけです」
 抱えた八握剣を抜く素振りを見せれば、やり取りを交わしていた忍がため息を吐いた。
「承知した。我らの邪魔をしなければ、我らは誰も傷つけぬ事を誓う」
「……聞いたね、政宗?」
 チラリと、横目で政宗を窺う。鋭く細められた隻眼が、勝手に話を進めてしまった五葉を咎めるように射抜いた。
「私はこの人達と行く」
「……それを、俺が許すと思ってんのか……!」
「許すしかないでしょ。青葉城の人達と、私。どちらを取るべきかなんて、考えなくてもわかることだし」
 もしかしたらこの異変に、勘の鋭い片倉や佐助あたりはもう気づいてるかもしれないけれど。
 彼らが駆けつける前に、自分達を囲む忍達が動き出したらおしまいなのだ。
「“あの場”に一緒にいた政宗なら、私がほとんど戦力にならないことは知ってるよね。いくら政宗でも、3人相手に無傷でいられるとは思えない」
 五葉の言葉に、ぐっ、と唇を噛んだ政宗が押し黙った。
 あの場――黄泉と現の狭間で、共に亡者と戦かった政宗ならわかっているはずだ。五葉の戦い方はまだ未熟で……とても忍相手に立ち回れるほどではないことを。
「だから黙って、見捨てろってのか。奥州を……母上と父上を救ったアンタを!!」
「大したことはしてないし、お礼ならもう貰ったから」
 嬉しそうに、八握剣に目を落とした五葉は、そう言って笑った。
「悪いが、これ以上はもう待てぬ」
「わかりました」
「行くな、五葉!」
「大丈夫。そのかわり……、In place of me,please apologize to Yukimura.」
「……っ!」
 この場で、自分にしかわからない言葉。それを政宗が理解し、目を見開いた瞬間。
「神の娘、確かに貰い受けた」
 無機質な声と共に、真っ白い煙が政宗の視界を奪ったのだった。


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