ゆめのあとさき | ナノ


 39


 そして次の日。幸村と顔を合わせるのが辛い五葉は、太陽が高く昇る頃になっても部屋を出ようとはしなかった。
 誰もいないのを良いことに、簡単な筋トレをしながら過ごす。身体を動かせば、少しはこの鬱々とした気分が晴れてくれるかと思ったけれど、どうやらそう単純にはいかないらしい。
「はぁ……」
 深い嘆息が、しん、と静まり返る部屋に響いた。青葉城の中でも離れにあるこの部屋には喧騒も届かず、人の気配もあまりしない。
 騒がしいよりは静寂を好む質ではあるが、こうして不安定な気分の時には多少騒がしいくらいが丁度いいのかもしれない。
「(本当に……どんな顔して会ったらいいんだか)」
 謝るにせよ、どう謝ったらいいものだろう。何もなかったように普段通りに接するなんて、器用な真似は流石に出来ないし、もうこの際、佐助あたりに相談したほうがいいのだろうか。
 ここからでも呼べば届くかもしれない。とりあえず呼んでみるか、と、五葉が息を吸い込むと、誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
「幸村……?」
 そうだとしたら、まだ心の準備が出来ていないのだが。しかし、この気配は……。
「邪魔するぜ」
「……政宗か」
「ah?ずいぶん残念そうだな」
「いや、逆に政宗でよかったよ」
 思わず五葉が胸を撫で下ろすと、政宗は不思議そうに首を傾げた。
「真田となんかあったのか?」
「……勘の鋭い男は嫌われるよ」
「Ha!アンタがわかりやすすぎるんだよ」
 クク、と意地悪く笑った政宗は、五葉の前にどかりと腰を下ろした。膝に肘をついて、その独眼を細める。
「真田が餓鬼なんだ、アンタが悩むことねぇよ」
「まるで見ていたように言うね」
「揉めたとこは見てねぇが、昨日の真田の様子見てりゃわかるだろ。アイツがjealousyを感じてるってことくらいは」
「jealousy……嫉妬?幸村が?」
「Yes。俺と五葉にやきもち焼いてんだよ、餓鬼だからな」
 そんな馬鹿な、と五葉は思わず首を振った。
 そうじゃない、幸村は自分が約束を破ったから怒っているだけなのだ。説明すれば、政宗はそれをあっさりと笑い飛ばす。
「そんなのは建前だろ、取って付けた理由なんだよ。それだって結局、自分より先に、五葉にPresentした俺が気に入らねぇだけだ」
「そう、かなぁ」
「男なんてのは意外と単純に出来てるもんだぜ?」
 余裕ありげにそう言われてしまえば、なんとなく納得出来なくもないが。
「じゃあ、幸村も私のこと、友達だと思ってくれてたのかな」
「ah?」
「だって、やきもちでしょ?友達が盗られちゃうみたいで寂しいって、思ってくれてたのかもって」
「……」
「そう思ったんだけど……違う?」
「Hum……、アンタがそう思うならそうかもな」
 一転して複雑そうな表情を浮かべた政宗は、片手で顔を覆ってため息を吐いた。
 五葉にはそれ以外考えつかないのだが、どうしたというのか。
「ああ、それより……」
「ん?」
「持ってきたぜ、Presentをな」
 話を打ち切り、パンパン、と政宗が手を叩くと、失礼しますと声がかかって障子が再び開いた。
 入ってきた小姓が両手に抱えていたそれを見て、五葉は悩んでいたことを一瞬忘れて目を丸くさせたのだった。


 「――某は、何をしているのだ」
 青葉城にある道場。片倉殿に頼み、早朝からこの場所に籠り、ただ槍を振り続けてきた某は、ふと虚しさを感じてその手を止めた。
 昨日、五葉殿の部屋を出てから。痛烈な後悔だけがこの胸を支配している。
 仲睦まじく話す二人を見ていると、心が抉られるように痛くなった。
 いつものように、某に笑いかけて下さらぬことが寂しかった。
 幸村、と。名を呼んで某を見て欲しかった。
「……自分が情けない」
 某とて幼子ではない。この感情をなんと呼ぶのかは理解している。これは嫉妬。ただの醜い嫉妬にすぎない。
 鞘の件だって、それほど目くじらを立てることではないのだ。彼女の性格上、例え必要な物であってもそれを堂々とねだるような人ではない。だから先に訊ねてあげなければならないのに、気づかなかった某に否がある。五葉殿は何も悪くない。
 某が気づかずにいた事を、政宗殿はいとも簡単にやってのけた。それが悔しくて、敗北感でいっぱいになって、あの場から逃げただけでも情けないのに、挙げ句の果てには彼女に八つ当たりまで……。
「旦那、そろそろ休憩したら?」
「……放っておいてくれ」
「そういうわけにはいかないっての。旦那の体調管理も、俺様のお仕事ですから」
 突然現れた佐助は、まずはこれで汗を拭けと手拭いを投げてきた。気づけば、ぽたぽたと髪や顎から落ちる滴。
 こんなに汗を流すほど、某は槍を振るっていたのか。
「そんなに悩むなら、さっさと謝っちゃえばいいでしょ」
「……」
「ついでにこれも渡してさ。五葉ちゃんだって鬼じゃないんだから、旦那が謝れば許してくれると思うけど」
 佐助の言った“これ”が、宙を飛んでくる。反射的に掴んだのは、赤と白で織られた平たい紐。
 政宗殿に対抗して、彼女に贈ろうと城下の露店で買い求めた物だ。
「簪や櫛じゃないところが旦那らしいよね」
「……五葉殿が例え意味を知らずとも、易々と贈れる物ではないだろう」
「だからって……。紅でもよかったんじゃない?」
「五葉殿は、身を飾ることよりも実用的な物を好むと某は思うが」
「それはそうかもしれないけどさ」
 やれやれ、と髪を掻く佐助に、某は手元の紐に目を落とした。髪飾りにも、化粧道具にもならぬかもしれないが、これなら大して邪魔にもならず、何かの役には立つだろう。
 某の赤と、神の娘である五葉殿の白。ふたつの色が編まれたそれを、政宗殿より先に渡そうと思って、五葉殿のもとを訪れたのに。
「五葉ちゃんはさ、意外と卑屈なところがあるから。今頃、旦那に悪いことしたって落ち込んでると思うよ」
「そう、かもしれぬな」
「かも、じゃなくて絶対そう」
 言い切った佐助は、少々強い力で某の背を叩いた。
「そこまでわかってるなら早く行けよ、旦那」
「しかし……」
「旦那以上に、五葉ちゃんは不安なはずだよ。旦那に見捨てられるんじゃないか、ってさ。甲斐に落ちた五葉ちゃんが頼れるのは、旦那や俺様しかいない。それを忘れちゃ駄目だ」
 そう静かな口調で諭されて、ようやく某は目が覚めたような気がした。
 いくら仲睦まじく見えたとしても、五葉殿と奥州の二人はまだ出会ってから日が浅い。そんな短い期間で、他人を全面的に信頼するほど、彼女は単純な人間ではないと、某は知っていたはずだろう。
 あんな“約束”よりもずっと大切な――彼女を守るという約束があったのに、嫉妬に目が眩み、それを忘れるとは。某はやはり、未熟者だ。
「佐助、五葉殿は部屋におられるのか?」
「今日は見かけてないからたぶんね」
 返答を聞き、早足で道場を後にする。緊張だろうか。ドクドクと鳴る心臓に追いたてられるように、某は五葉殿のもとに急いだのだった。


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