ゆめのあとさき | ナノ


 29


 閉じられていた襖が、一気に開け放たれる。部屋中に充満していた濃厚な腐臭が鼻を突き刺して、五葉は思わず袖で鼻を覆った。
「……っ!?」
「ば、かな……っ!」
 そのまま飛び込まんと、足を同時に踏み出した奥州の二人の顔が、驚愕の色に染まる。ガタン、と。政宗が落とした竜の爪が、やけに大きな音をたてた。
「……ちち、うえ……」
 消え入りそうな声音で、呟いた政宗の膝が震えていた。
 部屋の中には、二人の人間がいた。滅紫の色で固められた、水晶玉を撫でている、豪奢な着物を身に纏った美しい女性。気の強そうな眦を吊り上げ、五葉達を睨み付けている。
 そして、もう一人。女性の傍らに寄り添うように、立ち上がりその肩に手を置く男性。政宗が“父上”と呼んだその男性は、確かに彼によく似ていた。
「輝宗様……!?何故だ、輝宗様はあの時……っ」
「死者、ですね」
「やはり……奥州でも、死者が蘇って参ったか」
「五葉ちゃんの言う通りだったね。奥州の異変には、死者が関わってるっていう」
 五葉、幸村、佐助の三人は、動揺する二人を尻目にまだ冷静だった。片倉の悲痛な叫びを聞いていないかのように、“輝宗”はただ柔らかな微笑みを浮かべている。
 伊達輝宗。五葉の知る歴史がここでも通用するのなら、彼は政宗の父であり……、かつて政宗によって殺された人物。
「でも、彼が死者であるなら、この鏡で浄化できます」
「そうだね。ちょっと、竜の旦那!しっかりしてよ!」
「……」
 佐助に声をかけられても、政宗は呆然としたまま立ち尽くしていた。その様子にようやく気づいた片倉が、刀を構え、政宗を守るようにその背に隠す。
「頼む……、輝宗様を……!」
「はい。わかっています」
 奥州の二人は、甲斐で何があったのかを大まかには知っている。死者が蘇り、それを五葉が祓ったのだと。その事実を知ったからこそ、彼らは甲斐に使者を寄越したのだから。
 それを思い出した片倉が五葉に声をかける。五葉はその願いを受けて、再び鏡を持ち直し、彼らの前に出た。
「……、クク」
「!?きゃあっ!!」
「五葉ちゃん!!……よ、っと!」
「五葉殿!」
 光よ、と念じる前に、義姫の撫でる水晶玉が怪しく輝いたと思えば。突如吹いた暴風が、五葉の身体を吹き飛ばした。後ろにいた佐助がそれを抱きとめ、くるりと空中で反転し体勢を立て直す。
「大事ありませぬか!?」
「ん、大丈夫。ごめん、油断した」
 自分の足で立ち上がり、義姫を睨みつける。その口元には、ぞっとするような笑みが浮かべられていて。五葉は抱いた鏡を握りしめた。
「奪うでない、攫うでない……。この御方は、わらわのもの……」
「義姫殿!その方は既に生を終えられた身!どうか安らかに眠らせて差し上げよ!」
「黙れ、黙れ。邪魔立てするなら、容赦はせぬぞ!!」
「……っ!?皆さん、私の後ろへ!」
 水晶玉が、邪悪な光を放つ。嫌な予感が全身を駆け巡って、その光を反射するように鏡を掲げれば、相反する清らかな光が五葉たちを包み込んだ。

 眩しさに閉じていた瞳を開けば、そこは今まで五葉たちがいた義姫の居室ではなかった。
 草木が一本も見当たらない、荒れ果てた大地。割れた地面からは紫の霧が溢れだし、空には雲も月もなく、何より、血のような紅い色に染まっていた。
「……地獄、か。ここは……」
 片倉の乾いた声が響き、溶けていく。まさしく地獄といえる様相のこの場所は、確実に黄泉に近い場所ではあるのだろう。
「……呆けてる場合じゃなさそうだよ、右目の旦那」
 佐助が言い、手裏剣を構え直す。私たちと対峙している義姫と輝宗の後ろから……聴こえてきたのだ。
 怨みがましい、沢山の亡者の声が。
「許しはせぬ、赦しはせぬぞ……。もう二度と、何も奪わせぬ!!」
「っ!来ます!!」
 義姫の慟哭に呼応するように、亡者の群れが押し寄せる。
 黄泉の淵で、戦いが始まろうとしていた。



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