ゆめのあとさき | ナノ


 28


「この先の突き当たりが、義姫様の居室だ」
「酷い臭いにござるな……」
「さすがの俺様も、これは鼻曲がっちゃいそう」
 まさに腐臭と呼べばいいのか。色濃い滅紫の風が、どんよりと廊下の先から漂っている。
 政宗と片倉に案内された五葉たちは、腐敗の風にやられないギリギリの場所までやってきていた。五葉の胸元にあるお守りもその熱を増し、肌が焼けてしまうのではないかと思うほどに熱い。
「竜の旦那、最初に言っとくけど、もし義姫様が旦那や五葉ちゃんに危害を加えようとするなら、容赦しないから」
「ah、好きにしたらいい。……ただし、とどめは俺にやらせろ、You see?」
「俺様、南蛮語わかんないんだけど。……まぁ、いいよ、了解」
 ひらひらと手を振って、佐助はどこからか取り出した巨大な手裏剣を構える。幸村も、双つの槍をその手に握りしめていた。
 五葉も、両手に抱えていた八握剣の布を取り去る。その大剣を目にした奥州の二人が、目を丸くした。
「Hey、それが神の娘の扱う武器か」
「女が扱うには少々でかすぎるんじゃねぇか?」
「そう言われましても、これが神様からの贈り物なので」
 幸村や佐助のおかげで、普通の刀でも扱えないことはないだろうが、一振りで襖を切り裂くなんて芸当は、この剣でしか出来ないのだ。この先なにがあるかわからない。だったら、一番攻撃力の高い物を扱ったほうがいいだろう。
「だが、いい刀だな。刀身に、神々しい気を纏っている。闇を祓う、強い力だ」
「そうですか?」
「小十郎は神職の家柄でな。少なからずinspirationを持ってるんだよ」
「なるほど。すごいですね」
 そんな片倉が言うのならば、確かにこの剣には多少なりとも神の力が宿っているんだろう。さすがは神の宝、と言ったところか。
「でもさ、とにかくこのどろどろした風をどうにかしないと、五葉ちゃんはともかく、俺様たちはもたないよ」
「その為にこのladyがいるんじゃねぇのか?」
「出来ればお力になりたいんですけどね……」
 さてどうする、と。五葉は片手を腰に当てて目を伏せた。横からは、期待に満ちた政宗の目と疑念がちらつく片倉の視線。
 相手は風だ、風圧を発生させられる八握剣で切り裂けば、恐らく道は出来るだろう。しかし、それではほんの一時凌ぎにしかならない。もっと根本的に、この風を浄化するくらいのことはしないと……。
「(浄化……?)」
 腰に当てた手が、硬い物質に触れる。ベルトにくくりつけていた、辺津鏡。
 甲斐での異変が起きたあの時。蘇った彼女を浄化したのは、この鏡ではなかったか。
「確証はありませんが、やってみましょうか」
「お手並み拝見、ってとこか」
 ぽん、と肩を叩く政宗に苦笑して、くくりつけていた鏡を外す。鏡面を滅紫に向けて、両手に抱えた五葉は、願った。
「(……本当にこの鏡に、闇を浄化する力があるなら。どうか、……今一度光を!)」
 ――刹那。目を焼くような強い閃光が、あたりに放たれた。
「great!まさか本気であの風を消しやがるとはな!」
「まこと、暖かき光にござる。あの時と、同じ……」
 閃光がやめば、あの毒々しい滅紫はすっかり晴れていて。廊下の先に見える、義姫の居室への扉がしっかりと見えた。
「よかった……、成功しました」
「神の娘ってのは、真実だったようだな」
「いいえ。私ではなく、この鏡の力ですから」
「然し、それを扱えるのはお前だけだろう。もう少し自信を持ったらどうだ?」
「……そう、ですね」
 かすがだけではなく片倉にも言われてしまったか、と五葉は小さくため息を吐く。会う人会う人、みんなに言われるその言葉を、実行できる日はまだまだ遠そうだ。
「……行くぞ、小十郎。五葉は後ろに下がってろ」
「五葉殿、某と佐助から離れぬようにしてくだされ。佐助、おぬしは五葉殿の隣に」
「御意、ってね」
 それぞれが定位置に着いて、全員で先に進む。襖から漏れだす滅紫に顔をしかめながら、先頭に立つ政宗と片倉が片手で刀を抜いてから、それに手をかけた。
「……開けるぜ。何が出ても驚くなよ?」
 政宗の言葉に被さるように。微かに響く笑い声を、五葉は聴いた気がした。


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