ゆめのあとさき | ナノ


 27


 “腐敗の風”と呼ばれる異変の影響は凄まじかった。風の中に入れば、なにかどろりとしたものが肌にまとわりつくような感覚と、不快な臭いが体を蝕む。
 忍の佐助や、あの幸村でさえ、辛そうな表情を隠せなかった。ようやく風の影響が届かぬ場所まで来て、ふたりともホッとした顔をしている。これでは、何の力も持たぬ民たちはきっと辛いだろう。
 そして私は、何故かその風の影響を全く受けなかった。不快ではある、蝕まれるような感覚もある。しかし、具合が悪くなることはない。
 風の影響下に入ってからずっと胸元が熱いから、たぶん兄のお守りが効力を発揮してくれているんだと思うけど。いずれ、このお守りの中身も確認してみたほうがいいかもしれない。

 青葉城に入った私たちは、早速伊達政宗公と謁見することになった。
「HA!武田に降りた神の娘、どんな奴が来るかと思えば……ずいぶんとcuteなGirlじゃねぇか」
「もうGirlと呼ばれる年齢はとうに過ぎましたよ、伊達政宗公。お初にお目にかかります、私は五葉と申します」
「アンタ、南蛮語が理解出来るのか?」
「はぁ。少しですが」
「そりゃCoolだな!俺は奥州筆頭伊達政宗だ。気に入ったぜ、五葉」
「光栄です」
 ルー語の彼は、私が想像していたよりもずっと若く、気さくな人間だった。そばに控えている某自由業の方っぽい男性は、かなりお堅い人物であるようだが……と、不躾な視線を送っていたら、彼とばっちり目が合ってしまった。
「……片倉小十郎だ」
「片倉さんですね、はじめまして。突然押し掛けて申し訳ありません」
「いやいい。呼んだのはこっちだ。早めに来てくれて助かった」
「右目の旦那、奥州の異変ってそんなに酷いの?……まぁ、訊くまでもなさそうだけど」
「酷いなんてもんじゃねぇな」
 ため息を吐いた片倉さんは、これまでの経緯を説明してくれる。広がりをみせる風、被害の状況。確かに彼の言うように、城のあちらこちらには体調を崩した民たちがいて。女中が忙しなく走り回っていた。
「発生源はわかってる、義姫様の居室だ」
「義姫様って……竜の旦那の母上だったっけ?なんでそんな人が……」
「佐助、」
「あーわかってますよ、旦那。深くは訊きませんって」
「……そうしてくれ」
 幸村に止められて、佐助が口をつぐめば、片倉さんが安堵したように息を吐いた。伊達政宗と、母親である義姫との確執。そうか、それは異世界であるここでも変わらないのか。
「HA!あの女は、俺に迷惑をかけるのが生き甲斐みたいなもんなんだよ」
 そう吐き捨てた政宗公は、私をじっと見つめてニヤリと笑った。
「アンタが、どう異変を止めようとしてるのかはわからねぇが……、どうだ?Would you kill that woman?(あの女を殺してくれないか?)」
「……」
 眉を寄せて、私は彼を睨みつけた。きっとこの場で、彼と私にしか理解出来ないであろう言葉。あえて使ったその言葉は、恐らく彼の本心から出たもので、冗談ではないことは目を見ればすぐにわかった。
「Do it yourself.I do not want to wound someone.(ご自分でどうぞ。私は誰も傷つけたくない)」
「ah、そうかよ。さすがは神の娘、殺生は好かねぇってか?」
「ご冗談を。私はただの刻の旅人ですよ。泰平の世に産まれた、ね」
「……なるほどな。慣れてねぇだけか」
 皮肉げに笑われて、私も思わず苦笑する。その通り。私はただ、人を傷つけることを厭う臆病者の“人間”なのだと知っていてくれ。神の子だと崇められ、不可能なことなどなにもない不思議な力の持ち主だ、なんて勘違いされたら困る。
「意外と喰えねぇladyだな、五葉?」
「褒め言葉と受け取っておきます」
 そう返せば、愉快そうに笑われて。
「OK、あの女の居場所に案内するぜ。どのみち決着はつけないといけねぇんだ、今度は止めるなよ、小十郎?」
「……御意のままに。この小十郎もお供いたします」
 こうして、私たちはついに奥州の異変の元凶と対峙することになった。


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