ゆめのあとさき | ナノ


 22




 餡蜜を食べ終えたあとは、いろいろと城下町を見て回り、小間物屋や呉服屋にも立ち寄った。とはいえ、私はこの世界のお金を持っていないから、なにか目についた物があっても買えないんだけど。
「五葉殿、本当に何も必要ありませぬか?」
「うん。その気持ちだけで十分だよ、ありがとう」
 小間物屋でも呉服屋でも、幸村は私に気を使って色々な物を買い与えてくれようとした。その気持ちはありがたいけど、簪にしろ着物にしろ、幸村が選んでくれるのはどれもこれも高そうで。いくらなんでも、あんな高い物をねだるなんて私には出来なかったのだ。
 むう、と不満そうにしている幸村には悪いけど。
「私なんかにプレゼントしないで、お嫁さんになる子が現れるまで取っておきなよ」
「ぷれ……とはなんでござろう?」
「ああそっか。プレゼント……贈り物って意味だよ」
「某は、五葉殿に贈り物をしたかったのでござる」
 唇を尖らせている幸村は、なんだか子供みたいで可愛らしい。また破廉恥って騒がれるかなぁ、と思ったけど、気がついた時には幸村の頭の手が伸びていた。
「ありがとう。でも今日は本当に欲しい物がないから。また今度、欲しい物が出来たら幸村にお願いするね」
「誠にござるか?」
「うん、約束する」
「……なれば、その時は誰よりも先に、この幸村を頼ってくだされ!」
 ニコニコと、戻った笑顔を見て、私は頭を撫でていた手を離した。よかった、機嫌直ったみたいで。

「こちらが、この辺りで一番広く、深い森にござる」
「うわ……、迷いそう」
「うむ、くれぐれも某から離れないようにしてくだされ」
「ん、了解」
 幸村に案内されてやって来たのは、城下町から少し離れた場所にある森だった。鬱蒼と木々が繁るそこは、幸村の言う通り、彼から離れたら即座に遭難してしまいそうだ。
「森林浴なんて何年ぶりだろう」
 大学に通い始めて自然から遠ざかっていた私は、久しぶりの森の香りを思いっきり吸い込む。森の新鮮な空気は、例え世界が変わっても同じであるように感じられて。なんだかすごく、安心した。
「普段ならば、もう少し静かな森なのだが」
「え、でも十分静かじゃない?」
「いや、今日は森が騒いでおりまする」
 そんなものだろうか。ざわざわと揺れる木々の梢、遠くから聴こえる鳥の囀り。初めて訪れた私には感じられない微かな変化を、幸村は感じとっているのだろう。
「……やっぱり、異変の影響なのかな」
「人にはわからぬ何かに、獣達が怯えているのかもしれませぬな」
 甲斐はまだ平和だと思っていたけど。やはりそうではないのだ、と見せつけられた気がした。
「早く、解決しなきゃね」
 人も、獣も。みんなが安心して暮らせるように。戦が存在する世だとしても、せめて“異変”なんてものに脅かされることがないように。
「……む?」
「どうしたの、幸村?」
「申し訳ありませぬ、五葉殿。少々こちらでお待ちいただきたいのだが」
「あ、うん。私は大丈夫」
「すぐに戻って参りますゆえ、どうかここを動かずにいてくだされ」
 そう言うと幸村は、私のそばから足早に離れて行った。深い緑に阻まれて、その姿はすぐに見えなくなる。
「動きたくても動けないよ、こんな森の中じゃ」
 方向音痴ではないはずだが、正直どこを見回しても同じ景色ばかりで、体を動かせば来た道すらわからなくなりそうだった。ここは大人しく、幸村を待つ他ないだろう。
 ――そう、思っていたんだけど。
「お前が、武田に降りたという神の娘か」
「……え?」
 木漏れ日の光に照らされて。輝く金糸が、私の目の前に下り立った。


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