ゆめのあとさき | ナノ


 21




 明くる日、晴天に照らされる城下町に、五葉と幸村はやってきていた。
「晴れてよかったね」
「そ、そうでございますな!」
 かちこち。挙動不審な幸村は、緊張した様子で五葉に返事をしている。
「それで、どこに連れて行ってくれるの?」
「う、うむ……」
 五葉はいつもの格好だが、幸村は地味な装いに身を包んでいる。お忍びのため、佐助が用意したものだったが、あれだけ顔が真っ赤だとあまり意味はなかったかもしれない。
「もう。しっかりしなよー……、旦那」
 背の高い木の幹に片足で屈んで、ふたりの様子を眺めていた佐助は、はぁー、と深いため息を吐いた。
 信玄に命じられて、こうしてふたりを追っかけているのだが。これじゃあいつまで経っても、信玄や自分が望むような展開にはならなそうだ。
「仕方ないか……。ま、とりあえずお仕事お仕事っと」
 微かな笑みを浮かべて、佐助は彼らを先回りするように跳躍した。


「……む?」
「どしたの、幸村?」
「いや……、なんでもありませぬ」
「そう?」
 なんだか背後から、とても馴染みのある気配を感じた気がしたのだけれど。しかし、彼は信玄の命でこちらを離れているはず。勘違いだろう、と結論付けて、幸村はぎこちない笑顔を五葉に向けた。
「この先に、某が贔屓にしている茶屋があり申す。まずは、その、そこでお茶でも」
「うん、そうしようか」
 幸村=甘味だろう、と予想していた五葉は、今日の朝餉を少なめにしてきていた。どうやらそれが正解だったようで、内心ホッと息をつく。
「いい町だね」
「そう思われますか」
「洗練されてるわけじゃないけど、活力に溢れてる。信玄公や幸村の人柄が出てて、良いと思うよ」
「ありがとうございまする」
 無骨で、豪胆で、明るくて。そして暖かい。行き交う人々の表情も、町並みも。上田の城下町は、そんな印象を五葉に与えた。
「五葉殿がいた世界、町、とは……」
「うん?」
「この城下とは、また違うのでしょうな」
「そうだね、全然違う。たぶん幸村が見たら、驚きすぎて口も聞けなくなるかもね」
 無機質なビル群。舗装された道路。行き交う人々は無表情で、どこか忙しない。
 自らが住んでいた灰色の町を思い出した五葉は、ほんのわずか苦笑をこぼした。
「実家のほうには、こういった町並みも残っていたけど……。私が住んでいた場所には、緑すらなかったからなぁ」
「緑が……、森がないのでござるか?」
「うん。人間の快適な生活の為にね、全部伐られちゃったから」
 便利な物を得るために、人間は大切なものを捨てたのだと。五葉はそう、寂しそうに言った。
「それでは後ほど、城下近くにある森へと案内いたそう」
「え?」
「五葉殿が居た世では見られぬ緑を、見せて差し上げたいのです」
「……ありがとう、幸村」
 気を遣わせたか、と少々申し訳ない気持ちになりながらも、五葉はその申し出をありがたく受けることにした。

「これは、幸村様!いらっしゃいませ!」
 幸村に連れられてやってきた茶屋は、まだ早い時間だからか存外人も少なく、ゆったりとした時間が流れているようだった。
 人の良さそうな店主が寄ってきては、こちらにどうぞ!と席に案内してくれる。幸村の正面に腰を下ろした五葉は、店主が自分をじっと見つめていることに気づいて首をかしげた。
「……あの?」
「これはすみません!幸村様が女子と一緒にいらっしゃるのは初めてなものですから、驚いてしまいまして」
「ああ、なるほど」
「ご、御店主!」
 わたわたと慌てる幸村に、別に気にすることないのに、と五葉は思う。幸村が初なのはもう重々わかっているし、この様子だと、それは城下町でも有名な話のようだ。ならば店主が驚くのも無理はないだろう。
「それより、幸村のおすすめは?」
「某は、その、こちらの餡蜜など……」
「ああ、じゃあそれください」
「かしこまりました。幸村様は如何なされますか?」
「う、うむ、某もこの餡蜜を。それから、茶をふたついただけるか」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 にっこりと笑んだ初老の店主は、早速厨房に注文を伝えに行った。
 ほどなくして運ばれてきた茶を啜りながら、まだ顔を赤らめている幸村に声をかける。
「なんかごめんね」
「何故、五葉殿が謝られるので?」
「んー、いや、なんか勘違いされちゃったら悪いなって」
 ちらちらと、こちらを窺う視線をずっと感じていた。あの女子は誰だ、と。幸村様と良い仲なのか、と。ある意味ギラギラした視線は、その疑問を何よりも雄弁に語っている。
「幸村に相応しいような、お姫様でもなんでもないしさ、私」
「いえ、某は……」
「うん?」
「某は、五葉殿となら勘違いされても……」
「(旦那!そのまま言っちゃえ!)」
「お待たせいたしました。こちら、餡蜜でございます」
「あ、ありがとうございます」
 空気の読めない店主の登場に、隠れて様子を窺っていた佐助がずさぁっ!と滑ったのは言うまでもない。


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