ゆめのあとさき | ナノ


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 ――十種神宝(とくさのかんだから)という宝の伝説が、日本には伝わっている。
 古代日本にて有数の氏族であった、物部氏の祖神、饒速日命(にぎはやひのみこと)が、降臨の際に天照大御神より授けられ、後に己の子に伝えたとされる十種類の神宝である。

その内容は、辺津鏡(へつかがみ)・沖津鏡(おきつかがみ)・八握剣(やつかのつるぎ)・生玉(いくたま)・足玉(たるたま)・死返玉(まかるがえしのたま)・道返玉(ちがえしのたま)・蛇比礼(おろちのひれ)・蜂比礼(はちのひれ)・品物比礼(くさぐさもののひれ)。
 剣が1種、鏡が2種、玉が4種、比礼が3種の計10種。ちなみに比礼とは、女性が首に巻くスカーフのような物だと言われているが、実際のところはよくわかっていない。
 そして、これら神宝の行方も、実はよくわかっていないのだ。普通に考えれば、饒速日命の子孫である物部氏が保管しているのでは、と思うのだが。しかし十種神宝の行方は、長年の謎とされてきた。

 天照大御神は、私に渡した鏡を辺津鏡だと言った。ならば、この剣は八握剣であるはず。
「(鏡には不思議な力があった。だったら、八握剣にも何らかの力が宿ってたって不思議じゃない!)」
 私は気合いを入れ直すと、ぐっ、と両手で柄を握り締めて、一気に持ち上げた。
「……も、持ち上がった……」
「ふむ。どうやらその刀、五葉の手に馴染むよう出来ておるようじゃな」
 びっくりするくらいに軽いその大剣は、私がほんの少し力を入れるだけで軽々と持ち上がった。ふと思いついて、それを思いっきり縦に振り下ろせば、巻き起こる剣圧が、その先にあった襖を容易く切り裂いた。
「ああっ、ちょっと!なに五葉ちゃんまで襖壊してくれてんのさ!」
「ご、ごめん佐助!」
 慌てて謝って、私は剣の切っ先をゆっくりと下ろした。
 少し、寒気がした。自分が想像していたよりも大きな力に。剣を強く振るっただけで、厚い襖を切り裂いてしまう剣圧が生まれるなんて。
「五葉よ」
「は、……はい」
「それが“力”じゃ。儂らが振るう、強大な力と同じものよ」
 どきんどきん、と。波打つ胸を押さえていた私を黙って眺めていた信玄公が、怖い顔でそう言った。
「恐ろしかろう」
「……はい」
「それで良い。力の恐ろしさを知らぬ者は、いずれ人の道を外れてしまうからのう」
 しみじみと呟いて、信玄公は豪快に笑った。
「幸村、そして佐助」
「は、お館様!」
「刀の扱い方と、戦での身のこなしを、お主らが五葉に教えてやれぃ!」
「承知!」
「御意ー、ってね」
 そして信玄公は、未だ剣を持ったまま立ち尽くしていた私に目をやる。
「五葉よ、幸村と佐助のお墨付きが出るまで、しかと励むがよい!」
「はい、ありがとうございます」
 ぺこり、と頭を下げると、信玄公はその頭を優しげに撫でてくれた。大きな手が暖かくて。私は自然に、口元に笑みを浮かべていた。
「お主もそろそろ疲れたであろう。部屋に戻り、夕餉まで休むがよい」
「はい」
「幸村、部屋まで送らぬか!」
「はっ!……ま、参りましょうぞ、五葉殿」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 突然お呼びがかかった真田さんは、すごく驚いていたけれど。顔を赤くして、彼は私を促したのだった。



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