ゆめのあとさき | ナノ


 15




「お、お館様!大事ありませぬか!」
「儂は心配いらぬ、幸村。しかし、やはりただの夢ではなかったようじゃな」
 閃光を浴びた私達は、先程までいた謁見の間に戻ってきていた。
 体も動くようになり、真田さんや佐助は自分の手をわきわきと動かして、今更目を丸くしている。
「神が現れるとは。予想以上に、日ノ本に危機が迫っておるようじゃの」
 持ったままだった鏡を床に置いて腕を組み、ううん、と唸る信玄公の顔にも、深い当惑が刻まれている。
「大体、本当に神様なワケ?確かに、すごい力を持ってるみたいだけど」
「それは、間違いないと思う」
「なんで?」
「彼女が、最後に教えてくれた。自分は……天照大御神だって」
 問いかけた佐助の表情が面白いくらいに固まった。その顔を見れば嫌でもわかる。
 彼女は、こちらの世界でも“神”であるのだと。
「……毛利の旦那が泣いて喜びそうだね」
「毛利の旦那?」
「中国を治めておられる、毛利元就殿のことでござる。毛利殿は、日輪を深く信仰しておられるゆえ」
「なるほど」
 そりゃ太陽神に会えたら飛び上がるほど喜ぶだろうな。
「感心してる場合じゃないよ、五葉ちゃん。こんなことが毛利の旦那にバレたら、五葉ちゃんの身に危険があるかもしれない」
「毛利殿は稀代の智将。そのような浅慮な真似はせぬと思うが」
「あのねぇ旦那、毛利の旦那は日輪に関しては本当に目の色が変わっちゃうの。五葉ちゃんが天照大御神の子孫だなんて知れたら、五葉ちゃんをかっさらうくらいのことはするよ」
「か、かっさらう?」
 いきなり誘拐されちゃうんですか、私。いったいどんな人なんだ、毛利元就。
「ふむ。佐助よ、しばらく五葉のことは伏せておいたほうがよかろう」
「そうですね。五葉ちゃんは、大将の遠縁ってことに……」
「ま、待ってください!」
 私が思わず声をあげると、彼らは不思議そうに首を傾げた。
「……それじゃ、私はいつになっても動けません」
 そう言うと、真田さんの眉間に皺が寄った。
「なにを申されますか、五葉殿。五葉殿自ら動かれずとも……」
「それじゃ駄目なんです」
 そう、それでは駄目なのだ。首を横に振り、私は真田さんではなく信玄公をじっと見据える。
「天照大御神が言っていました。この日ノ本の異変を鎮められるのは、私だけだと」
「……うむ」
「それはつまり、私がこの日ノ本の異変を解決しなければ、私は、ずっと自分が元いた世界に戻れないということだと思うんです」
 はっきりとそう言われたわけではない。これは、ただの私の勘でしかないが。けれどどちらにせよ、日ノ本の異変を解決しない限りは、落ち着いて自分が“日本”に帰る方法も探せやしないのだ。
「守られるだけ、庇護されるだけで、自分は安全に高みの見物をしてるなんて嫌です。だったら、少しくらい危険があるとしても、ちゃんと前に進みたい」
「御主は、その言葉がどういう事を指すのか、解って申しておるのじゃな」
「……はい」
「解っておられませぬ!五葉殿は女人にござる。みすみす傷つくとわかっている場所に、立つ事はありますまい!」
「自惚れるでないわ幸村ぁっ!」
「お、お館、様……?」
 真田さんを一喝した信玄公は、ぎりっと音がしそうな視線で、彼をねめつける。
「生まれた意志を押さえつけ、自分の元に留め置く事だけが他者を守る事に繋がる訳ではない。共に同じ目線に立ち、あらゆる物事を共に乗り越えることもまた、ひとつの方法と知れぃ!」
「はっ、お館様!この幸村、慢心しておりましたぁあぁっ!!」
「幸村ぁあぁっ!!」
「お館さばぁああぁあっ!!」
 また始まった、と私と佐助は肩をすくませる。あ、真田さんが信玄公の拳で吹っ飛んだ。
「ごめんねー、五葉ちゃん。しばらくしたら止めに入るから」
「はあ。襖とかべっこべこに壊れてるけどいいのあれ」
「いつものことだからね」
 あはー、と笑う佐助の目尻に、うっすらと光るものが見えるのは私の見間違いだろうか、……見間違いということにしておこう。
「あのさ。私達……、今まで真面目な話してたよね?」
「本人たちは大真面目だから、あれ」
 ならばもう言い返すのはやめよう。気にしたら駄目なのだ、きっと。
 飛ぶ交うふたりの人間を眺めながら、私はそっとため息を吐いたのだった。


「――あいわかった。五葉よ、それではお主の思うままに行動するがよい」
「ありがとうございます、信玄公」
 真田さんとの殴り合い――武田名物殴り愛だと佐助が教えてくれた――をようやく止めた信玄公は、元いた位置にどかりと座り直し、私の主張を改めて認めてくれた。
「然し、五葉、お主はひとりではない。戦を知らず、他者を傷つける事を厭うのであればなおのこと。儂や幸村、佐助を遠慮なく頼るがよい」
「左様にござる、五葉殿。ですからどうか、無理だけはしないで下され」
「そうそう。適材適所って言うでしょ?戦のことは、慣れてる俺様たちにお任せあれってね」
 口々に、彼らは暖かい言葉を贈ってくれる。私に向けられる瞳は強くて、でもどこか柔らかくて。“殴り愛”でぼろっぼろになった姿じゃなければ、正直めちゃくちゃかっこいいんだけど。
 心の中で彼らに感謝しながら、私は小さく頷いた。
「無理はしません。だけど……私にも力は与えられましたから」
「五葉殿。力、とは?」
「この、剣のことです」
 失礼、と一言断ってから立ち上がった私は、信玄公のそばに置かれた剣の柄に手を伸ばした。
 とても重そうな、その剣。私の身長とほとんど変わらない長さがあり、どう考えても私がこれを扱うのは無理だと思う。だけど、私の想像通りなら。
「五葉殿……?」
 そうして、私は柄を握る手に力を込めた。



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