ゆめのあとさき | ナノ


 17




「真田さん」
「な、なんでござろう?」
「……ありがとうございました」
「五葉殿?」
 自室へと戻り、私と真田さんのふたりだけのそこで。早々に立ち去ろうとする彼に向かって、私は深々と頭を下げていた。
「夢の世界で、天照大御神が私を“腑抜け”だと罵ったとき。怒ってくれて」
「あれは……当然のことにござる。惨たらしくも、二度目の死を迎えていた小枝から目を逸らさず、恥ずかしながら混乱していた某を慰めて下さった五葉殿は、決して腑抜けなどではござらん」
「真田さんは、本当に優しい人なんですね」
 にこり。笑いかけると、真田さんの顔が着ている紅い服に負けじと真っ赤に染まった。
「五葉殿、その……」
「なんですか?」
「某のことは、幸村と、呼んでくださらぬか」
「幸村、さん」
「幸村と。お呼び捨ていただいて構いませぬ。話し方も、どうぞ佐助にするように楽にしてくだされ」
 それはありがたい申し出だが。佐助と違い、真田さんは立派な立場があるお方だ。この時代でそんな人を呼び捨てにして、あまつさえ気安く喋るなど。無礼だ!なんて斬りかかられたりはしないものだろうか。
「……わかったよ、幸村」
「ありがとうございまする!」
 懸念がないわけではないが、そんなキラキラとした子犬のような瞳で見つめられたら、とても断るなんて出来そうになかった。
 私は末っ子だから。こんな弟みたいな子に慕われるのは慣れていないのだ。
「幸村も、佐助にするみたく楽にしていいからね」
「い、いえ、某は……」
「お願い。最初から無理しなくてもいいから、少しだけでも砕けた話し方にしてほしいなぁ。じゃないと、周りの人に変に思われちゃうでしょ?」
 斬りかかられることはないにしても、私が気安く喋っているのに幸村が堅苦しかったら、なんだあの女は、となるのは避けられない気がする。
「……承知した、五葉殿」
「うん」
 本当は殿ってやつもやめてほしいんだけどね。真っ赤な幸村をこれ以上沸騰させるのも可哀想だから、今日はここまでにしておこう。

「仲良くなれて良かったねー、旦那」
「なっ、さ、佐助!?」
「大将がお呼びだよ。五葉ちゃんが気になるのもわかるけど、またあとにしてもらえる?」
「気になるなどと……!しっ、失礼いたす、五葉殿!」
 すとん、と天井から落ちてきた佐助が幸村をからかうと、幸村は返事もろくに返さずにバタバタと走り去ってしまった。青春だねーなんて暢気に笑う佐助は、あんな純情な子をからかって可哀想だと思わないのだろうか、まったく。
「やめなよ、佐助。そうやってすりこみ教育してると、幸村、そのうち本気にするよ?」
「いいんじゃない?それで女子に対する苦手意識がなくなってくれれば、俺様は万々歳だけどー」
 幸村のような純情で初な人間は、“好き”という気持ちを勘違いしやすい。周りに煽られて、知らず知らず意識してしまうことも少なくないのだ。
「それに、旦那のあれは、半分本気だと思うけどね」
「は?」
「いや、こっちの話」
 へらへら、誤魔化すように笑って、佐助は私の目の前に腰を下ろした。
「大将がさ、今、日ノ本で起こってる異変を、五葉ちゃんに説明しておけって。前に少し話したけど、もうちょっと詳しくね。この世界にもう少し慣れるまでは甲斐に留まってもらうけど、その後、すぐ動けるように」
「そっか……、ありがとう」
「うん。じゃあまずは、これを見てみて」
 ぱらり。腕に抱えていた巻物を開き、中身を手で示す。それは一見すると、地図のような絵が描かれていた。恐らく、これが日ノ本の地図なのだろう。
「ほとんど日本と変わらないんだね」
「ああ、五葉ちゃんがいた国?」
「そう。足りない部分はあるけど、ほぼ一緒だと思う」
「ねえ、五葉ちゃんは何処から来たの?」
「この地図だと……、ここだよ」
「へえ。武蔵から来たんだ」
 私は、日本地図でいう東京の位置を指した。なんかこうしたやり取りをしていると、元の世界が少し懐かしくなる。
 私の曇った顔に気がついたのか、佐助は別の場所を指さして、早速説明を始めた。

 今、大まかにわかっている顕著な異変は、次の4つ。
 まず、伊達政宗公が治める奥州にて、腐敗した風が吹きはじめた、という話。
 次に、四国、中国を結ぶ瀬戸内の海が真っ黒に濁り、魚が死滅しているという話。最初は一部分だったそれが、徐々に広がりをみせているのだとか。
 そして3つめ。北条氏政公が治める、小田原の地にて。かの地の有名な桜が、枯れ始めているらしい。
 これは佐助も、今私のところに来る前に報告を受けたばかりらしく、詳細はまだわかっていないそうだ。
 最後に。昨日、甲斐で起こった死者が蘇るという異変。佐助が部下の忍を甲斐のあちらこちらに飛ばしているが、幸い、同じような異変は確認できていない、とのことだった。
 他の地方も調べれば、きっともっと異変が発生しているはず、とは佐助の言。しかし、尾張の織田信長や大阪の豊臣秀吉が治める地などは、まず調べることすら容易ではないらしい。戦国の世であることが、やはり足枷になっていた。
「五葉ちゃん、今の話の中で、どっか気になったことあった?」
「しいていえば……奥州、かな」
「奥州?」
「腐敗した風……。甲斐の異変と、似てる感じがする」
 もし。蘇った死者の群れが、その腐臭を撒き散らしているのならば。風が濁るのも当然な気がした。
「あぁ、確かにね」
「それに……」
「それに?」
「異変全体の原因はわからないけど、死者が蘇る原因だけは、わかる気がするんだ」
「……それ、本当?」
 声を低くして訊ねる佐助に、こくりと頷く。私は、持ち帰ってきた剣と鏡を指して、言った。
「あれは、辺津鏡と八握剣。私のいた国では、十種神宝と呼ばれる宝物なんだけど」
「十種神宝?」
「うん……」
 佐助にざっと十種神宝の説明をしてから、私は自分の考えを述べる。
「十種神宝を饒速日命が授けられた時、天照大御神はこう言われたそうだよ。簡単に言うと“布瑠の言を謂いて、十種神宝を振り動かせば、死人をも蘇らせることができるでしょう”」
「死者が蘇る、だって?」
「そう。“死者が蘇る”んだってさ」
 今の状況に似てるね、と言えば、佐助は眉をくっと寄せて難しい顔をした。
「布瑠の言(ふるのこと)っていうのは?」
「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり。ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ。っていう、祓詞だよ」
「ふうん、ずいぶん詳しいんじゃない?」
「ここに来る前は、そういうのを学んでたからね」
 大学では、それらを専攻していた。そこまで真面目な学生じゃなかったから、あまり成績はよくなかったけど。まあ、学んだことはまだ忘れてはいない。
「これは憶測だけど、今回の甲斐の異変と、奥州の異変には、このことが関わってる気がする」
「だけど、十種神宝を振り動かせば、ってことは、それらが全部集まってないと無理なんじゃないの?少なくとも、その中のふたつは、五葉ちゃんの手にあるんだし」
「そうなんだよね。だから、これはあくまでも憶測」
 私は話をそこで切り、ふう、と息を吐く。憶測といえば聞こえはいいが、これはただの私の勘だ。
「まずは奥州に行ってみたいな……。蘇った死者が関わっているなら、辺津鏡の力でまた何とかなるかもしれない」
「奥州の竜の旦那と、ウチの旦那は好敵手だからね。奥州を訪ねるのはそんなに難しいことじゃないと思うよ」
「そっか。それなら良かった」
「個人的には、五葉ちゃんを竜の旦那に会わせるのは反対だけどねー」
「?なんで?」
「なんでも!」
 ちょっと怒った顔で、強く言い切った佐助に、私は首を傾げるしかなかった。

 ――竜の旦那こと、奥州を治める独眼竜、伊達政宗。彼は、どんな人なんだろう。



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