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 あの日から(3月11日に捧げる)



あの春先の、冷たい海の中を忘れてはならない。


あの雪が舞う大地の光景を忘れてはならない。



神経が擦りきれそうな日々の、出来なかった事を忘れてはならない。


あの絶望感を忘れてはならない。



それらを噛み締めながら、己れの血肉としながら一つでも出来ることを増やし次に伝えていくのだ。


久方ぶりに二人で眠れたあの幸福に逃げ込んではならない。

己れの選んだ道の険しさに足を止めてはならないからだ。

あの人に並び、生きていきたいからだ。


あの人が生きているからだ。



忘れてはならない。



冷たい海の中から捜索を終わり凍えきった自分達に必死に伸ばされた幼い手を。


自分がどんな顔していたのか判らないが「いたいのいたいのとんでいけー」と伸ばされた幼い手を、忘れてはならない。


込み上げてきた熱いカタマりを忘れてはならない。


生きている温もりを忘れてはならない。



これからに伝えて、少しでもあの絶望を繰り返さないように。


手を伸ばしてくれたあの子がこれから笑って生きていけるように。


少しでも早く。
少しでも確かに。


それを胸に刻み付けて今日も海へと降りていく。


あの人と生きていく。


生きて、いく。




―――――――――――


3月11日に捧ぐ。
伊勢なりの想いを込めて。

生きている事に。
生かされている事に感謝を。



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