DOG | ナノ


▼ 01

『水族館に行きたい』

九条の声は電話越しでもわかるほどに弾んでいる。

「…男二人で行くとこじゃねぇよ」

水族館。

『いいだろ!俺は行きてぇの!どこでもいいって言ったのはアンタだからな!』
「…」

先日、体育祭の後のことだ。俺は九条を抱きしめたまま確かに言った。

『明日、月曜日。体育祭の代休だろ』
『うん』
『何か予定は』
『特に何もないけど』
『なら、空けとけ。俺も休みだから』
『なんで?』
『いいから言う通りにしろ』

――二人でどっか行こう。

なんて小っ恥ずかしいことを言えるようなたちではない。

気まずさを覆い隠すように、どこか好きなところに連れて行ってやるから考えとけ、とだけ言っておいた。

「なんで水族館を選んだんだ」
『だってデートって言えばそこだろ。映画館とか、美術館とか…いろいろ考えたけど、映画も芸術も興味ねーし』
「でも魚には興味があったってか」
『興味っつうか…ふつうに綺麗だろ。生き物って見てて楽しいし』
「動物園は?」
『暑いから室内がいい。動物園って屋外だろ』

贅沢者め。



集合場所は、学校の最寄りから三つ離れた駅にした。いつなんどき目撃者が現れるかわからないため、用心するにこしたことはない。当然移動手段も電車ではなく、自分の車だ。

待ち合わせの十分前に到着し、駅前の駐車スペースで暫く車に乗ったままコーヒーやら朝飯のパンやらをかき込んでいると、九条がコンコンと軽く窓を叩いた。

「先生、おはよ」

何がそんなに嬉しいのか、九条はにこにこと満面の笑みを浮かべている。いいから早く乗れと助手席のドアを開けた。

「お邪魔します」
「…あぁ」

こういう言葉がさらっと出てくるあたり、やはり育ちがいい。

九条は変装のためか、見慣れないキャップを深く被っていた。ぱっと見る限りでは顔がわからなくなっている。上出来だ。

「センセー、今日メガネなの」
「お前の帽子と一緒だ」
「変装か」

ふふふ、とまた九条が笑う。

「笑ってねぇで早くナビ設定しろ」
「え、俺がやんの」
「お前が行きたいって言ったんだろ。どこの水族館だよ」
「えーと…」

住所を調べているのか、スマホを片手にナビを操作する九条の傍らで食事を再開させた。いくら暑い日でも朝一番のコーヒーは絶対にホットが鉄則だ。

「よし、設定完了…っと。てか先生何食ってんの」
「パン」
「コンビニの!?」

ものすごい食いつきように思わず目を瞬いた。そうか。こいつ、坊ちゃんだからな。恐らくコンビニで買う食事などとは無縁の生活を送っているのだろう。

「水族館、何分くらいかかる」
「有料道路使うなら1時間30くらい。下道なら2時間ちょいくらい」
「お前、車酔いとかする方か?」
「平気。先生の運転静かだし」
「んじゃ平日だし下道でのんびり行っても大丈夫だな。途中寄ってやるよ」
「どこに?」
「コンビニ」
「マジで!じゃあ俺あれ食いたい!コンビニスイーツ!あ、あと肉まん!」

何もコンビニで買わなくたって、普段もっと美味しいものを食っているだろうに。あと食いすぎだ。

「朝飯食ってきてないのか」
「食べた。けど、別腹的な」
「何食ったんだ」
「トーストとゆで卵とサラダ…と、あとコンソメスープとヨーグルト…あ、ベーコンもあった」
「結構食ってんじゃねぇか」
「今日はそうでもない」

いや食ってんだろ。こいつ、痩せの大食いか。

「なんか楽しみすぎて、あんまり食べられなかったんだよな」
「…ガキだな」

使い古された例を出すならば、遠足を次の日に控えて眠れなくなる小学生。大きな期待と妙な興奮を抱いて夜更かしした結果、当日は寝不足の苦しみと闘わねばならないというオチのついた、あれだ。

「俺この駅初めて降りた」

九条はきょろきょろと落ち着かない様子で窓の外を眺めたり、ナビを見たりしていた。いつものように「ガキ」という俺の言葉に反応しないあたり、本当に浮かれているんだなと思った。

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