▼ 01
もうすぐ中間テストだ。俺がこの学校に赴任してきて初めてのテストである。俺はこのテスト期間というものがあまり好きではない。何故ならば。
「藤城先生に質問があるのですが…」
「先生、少々お時間よろしいですか」
「あの…藤城先生は」
これだよ。これ。
さすが進学校だけあって生徒の意識は高い。いい成績をとろうとする気持ちも分かる。だがこうも質問攻めにあってしまっては、苛々するのも道理ってものだ。
次々に押し寄せてくる生徒の相手をしていると、自分の仕事が出来やしない。俺はお前らの家庭教師じゃないっつの。ちゃんと授業で説明しただろ聞いとけ馬鹿共。
「はー…」
誰もいなくなった職員室でようやくほっと息を吐く。ネクタイを緩めながら伸びをしていると、またドアが開いた。はいはい次は何の質問ですか。
「せんせぇ…いる?」
「…」
そろそろと窺うように頭だけを出しているのは、そう。奴だ。俺の頭を悩まし続けているクソガキ。
何来てんだよ。俺今からテスト問題作ろうと思ってたんだけど。邪魔すんな。
そんな思いを込めて九条を睨むと、奴は目に見えて怯えた顔をした。
「な、なんだよ俺なんかした?」
「用件を言え」
「…あの、質問、しようと思って…でもさっきまで人いっぱいいたから、行きづらくてさ」
「お前周りに避けられてるもんな」
「うっせーよ!」
「あぁ?誰に向かって口利いてんだ」
「ひっ、ご、ごめん」
はぁ。仕方ない。問題作りは家に持ち帰ることにする。この俺がなんでここまでしてやらなきゃなんねぇのかね。
「おら、そんなとこ立ってねーで早く来い」
「お、おう」
「ここ座れ」
空いた椅子を指差してこちらへ呼ぶと、九条は素直にやってきた。その手にはしっかりとノートと教科書が握られている。…へぇ。最近やたら真面目に授業を聞いてるなと思ったが、とうとうテスト勉強までするようになったのか。
「…」
しかし奴が広げたノートを見て絶句した。ミミズが這い回ったような字。しかもページ一面真っ黒。大事なとこは色ペンで書くとか、マーカーを引くとか、そういう基本的なノートテイクのやり方も知らんのかこいつは。
「…お前…俺にこのきったねぇノート読めっつうの?」
「きたねえとか失礼なこと言うなよ!」
「字も満足に書けないのか」
「書けてんだろーが!馬鹿にすんな!」
いや書けてねーよ。読めねーよ。しかもペンの握り方変すぎるだろなんだそれ。
お坊ちゃまのくせにきちんとした教育受けてないのか。ったく親は何やってんだよ。こういうのは親の責任だろうが。
「…おい。ちょっと手貸せ」
「は?急にな…」
「正しい鉛筆の持ち方はこう」
奴の手を持って、正しい指の形を教えてやる。
「こういうのはな、本人が困るだけじゃない。親や家の品格を疑われる。俺はお前の家庭なんかどうでもいいけど、目の前でこんな醜いものを見せられるのはごめんだからな」
「こう?」
「違う。こう」
「うん…?こうか」
「そう。これからはその持ち方に矯正しろ」
「これすっげぇ書きにくいんだけど…」
「俺がしろっつってんの。言うこと聞きやがれ。あと字はもっと丁寧に書け」
「なんだよ意味わかんねぇ…」
「文句あんのか?」
ない、と不満げな様子で口を尖らせる九条。悪いがちっとも可愛くない。むしろムカつくので足で奴が座っている椅子を軽く蹴ってやった。
「いたっ!」
「で、質問ってのは何だ。早くしろ」
「あー…っと、ここの主語が誰か分かんないってのと、この和歌の意味が分からん」
「授業で説明しただろうがこの単細胞」
「えっうそ」
「てめえまさか俺が話してるときに寝てたんじゃねぇだろうな?殺すぞ」
奴はぐっと息を詰める。図星だ。
ふざけるなよ。誰のために懇切丁寧に分かりやすく噛み砕いて授業してやると思ってるんだ。えぇ?
とてつもなく腹が立ったので、相も変わらず馬鹿みたいな色をした髪の毛を強く掴んで引っ張った。
「いっだだだだだ!いてぇ!やめろ!」
「俺はサービスで勉強を教えてやってんじゃねぇんだよ」
「ごめん!ごめんって!」
「ごめんなさい許してください藤城様…だろ?」
「誰がそんなこと言うか!死ね!」
「…」
「ぎゃっ!」
バチンと頬を一発叩く。痛みのせいか九条の目にはうっすらと涙が滲んでいた。…まぁいいか。泣かれても面倒だしと解放してやる。
「いってぇ…鬼…鬼だ…」
「菩薩の間違いだろ。お前みたいなクソガキの相手してやってんだから」
「ぼさつ?」
「…」
馬鹿はどこまでいっても馬鹿なようだ。
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