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「先生、大好き」
……そこは「ありがとう」とか「嬉しい」ではないのか。
「俺もなんかプレゼント買えばよかった」
「自分の誕生日なのに、なんで俺に買うんだよ」
「だってクリスマスじゃん」
すっかり忘れていたが、そういえばそうだった。
「俺のことは別にいい」
そもそもクリスマスだからといって特別な気持ちになったり浮かれたりする年頃はとうに過ぎ去ってしまったので、思い出したところでどうだということもない。
「なんで」
「特に欲しいものもないし、お前に買ってもらうようなものもないしな」
「クリスマスプレゼントっていうのは欲しいものとか必要なものとかじゃなくて、気持ちの問題なんだよ」
「今まで彼女の一人もいなかった野郎が何を偉そうに」
「うるせぇ!初めてだからこそしてぇの!なんかそういう恋人っぽいことを!」
恋人っぽいことってなんだよ。ガキくせえ。恋愛に夢見る十代女子みたいなことばっか言いやがって。
「恋人らしいことならもうしてる」
「例えば」
「セックス」
「セ……っ、そ、それはちがう!!」
「違くない。散々喘いでたくせに」
「あんたのせいだろ!?」
「まぁ別の奴のせいだったら俺はお前をぶん殴るな」
ぐっと喉の奥に言葉を押し込むようにして九条が押し黙る。そして突然背中越しに抱き着いてきた。
「くそ!!なんなんだよもう!!俺が先生以外の奴を好きになるわけないだろうが!!」
「人の気持ちなんていつ変わるかわからない」
「変わんない!俺はずっと先生が好き!」
「そうかよ」
「先生が俺のこと嫌いになっても、俺は先生のことずっと好きでいる」
「ふうん。それって、今は俺がお前のことを好きみたいな言い方じゃないか。随分と自信があるんだな」
俺の発言の後、暫しの沈黙が訪れる。ぼそっと不安げな声が耳元で聞こえた。
「……俺、好かれてねぇの?」
――アホ。
わざわざプレゼントを買いに行って散々悩んだり、寒い中車出して迎えに行ったり、そういうこと全部、誰のためだと思ってるんだ。
好きでもないやつと、こんな風に一緒にいるわけないだろうが。
「聞きたい?」
「……聞きたい」
ぐうう。
丁度そのとき、部屋に腹の鳴る音が響いた。言わずもがな九条のものだ。
「はは」
俺は堪え切れず声を出して笑う。
「あーもうっ!これは仕方ねーだろ!すっげぇ汗かいたし、体力使ったし」
「もう朝だしな。なんか食うか」
「……食う……」
「じゃあほら、服着ろ」
まだパンツ一枚の心許無い姿のままだった九条を着替えさせながら、ふと思いついた。
「お前つくれよ。朝飯」
「えっ」
「そしたら今の話の続きを聞かせてやる」
「つくるって何を……」
「なんか適当に。いつも俺がつくってるみたいなやつ」
「先生がつくってるやつってなんかいっぱいメニューあるじゃん!!むり!!俺そんなにつくれねぇよ」
「無理じゃない。せめて目玉焼きくらいならつくれるだろ」
めんどくさい、と文句を言う九条の頭を軽く叩く。どうせ家じゃシェフとやらの料理ばかりで、ろくにキッチンに立ったこともないのだろう。
「あ、ちょっと待って。料理するならこれ外しとかねぇと」
九条は腕につけていた時計を外すと、包まれていた通りにそれを箱の中に戻した。わざわざ元通りにしなくてもとは思ったが、大事にするつもりでいるということだろう。当然悪い気はしなかったので黙っておいた。
「目玉焼きって卵フライパンに落として焼くだけのやつ?」
「そう」
「それならまぁ……」
「あ、俺は半熟も完熟も嫌いだから、その中間くらいのちょうどいい感じに焼けよ」
「なんでそんな高度なこと要求するんだよ!」
「あとベーコンも一緒に」
「一個ずつにして。一緒にすんな。難しくなる」
「何事も練習だ。ちゃんと横でついててやるから」
といいつつ、結局目玉焼きは失敗した。
「ごめん。食べなくていいから」
黒く焦げてしまった目玉焼き(だったもの)を食べようとする俺に、九条はしきりにそう言った。予想以上に自分に家事能力が無いことにへこんでいるようにも見える。
「いい。食えないことはない」
「でも」
「やったことがないんだから、失敗するのは当たり前だろ。俺はそんなことで怒らない」
「怒らないとかじゃなくて、なんつーか申し訳ないというか……」
「なら、早くちゃんと俺好みのものをつくれるようになれ」
「!」
九条がこくこく頷く。
「うん。またここで練習する。いっぱいする」
珍しく俺の言葉の意味を汲み取ったらしい。
「それでいい」
――俺の教育も日々順調に身を結んでいるようだ。
火事だけは起こしてくれるなよと言いながら、俺は最寄りのスーパーの卵の特売日はいつだったかと考えを巡らせた。
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