▼ 08
「せ……んせぇぇ……ッ!!」
おまけにペニスを扱いてやる手も止めないものだから、九条の瞳からはぼろぼろと涙が溢れだしてくる。
「も、止まって、ぇ……っ、俺、今、イってる、イってる、イってるからぁあ……っ、っあぁ、あ、ッ、あ゛っ」
「……っ、は……」
吸い付いてくる内壁に吐息を漏らすと、九条はそんな俺を見上げ、震える唇を開いた。
「先生、せんせ、気持ちいい、いい……っ」
「そんなの、見てりゃ、わかる」
「ちがっ、あうっ、せ、先生、気持ちい……?」
「だから……っ」
見てりゃわかるだろ。阿呆。
この期に及んで人の様子まで気にしてんじゃねぇよ。
「あ゛………―――ッ」
抜けそうなほどぎりぎりまで引き抜いて、一気に奥まで貫く。
「っ、ひ、……っ、う、ッ、〜〜っ、…ッ!!」
九条はシーツを掻きむしりながら細い身体をしならせた。ピストンに合わせて性器から透明とも白濁ともつかない濁った液が押し出される。
「ん、ぁあ……ッ、あっ、あっ、はぁぁ……!」
仰け反ってむき出しになった喉に甘く齧りつくと、絡みつくような蠕動がまた襲ってきた。今に射精せんとばかりに亀頭がパンパンに膨らんでいるのが自分でもわかる。
「……九条」
名前を呼ぶと、蕩けきった瞳がこちらを向いた。シーツをきつく握りしめていた手をとり、その場に縫いとめる。互いの手のひらさえも濡れていて、それが汗なのか別の体液なのかは最早区別がつかなかった。
「せんせ……」
九条は手を握り返すと、掠れた息のような声で俺を呼んだ。
「せんせ、先生」
「ん」
「あ、ありがと……」
それは何に対するお礼なのか。
口を開かずとも俺の言いたいことがわかったのだろう。九条はさらに続ける。
「俺、今、泣きそうなほど嬉しい」
「……泣いてんじゃねぇか」
その頬を濡らしているものは何だ。涙以外の何物でもないだろう。
「これはちげーの!」
そうじゃなくて、と九条は言う。
「今までこんな一日、過ごしたことなかったから」
「こんな一日?」
「友達とどっか行ったりとか、誕生日祝ってもらったりとか、先生と一緒にいられることとか、全部」
「……」
「先生のおかげだと思う」
「違う」
即座に否定する俺に、九条はきょとんと目を瞬かせた。
「違う。俺は、別にお前のことを良い方向に変えようなんて思ったことはない」
人ひとりを変えようなんて、それこそ簡単なことじゃない。俺にはそんな大それた力はない。
九条がたった一人、俺だけの力を信じて縋るような、そんな関係にはしたくない。
「俺のおかげじゃなくて、お前が勝手に変わっただけだ」
「勝手にって……」
「たまたま近くにいたのが、俺だった。それだけのことだろ」
そう。ただそれだけのこと。
「でもまぁ」
だけど、ただそれだけのことが。
「えぇと、なんだ、つまり」
泣きそうになるほど嬉しいことがあった日に、そういう気持ちを感じた瞬間に、近くにいたのが自分以外の奴じゃなくて良かった。俺で良かった。
「俺だってそれが、嬉しくないわけじゃないってことは覚えとけ」
――馬鹿か。俺は。何を言っているんだ。
口を突いて出た言葉は想像以上に恥ずかしいもので、言い終わってから後悔した。九条が何かを言おうと唇を開く。が、返事を聞けば余計に悔しくなるような気がしたので、その前にキスで塞いだ。
「ん……っ、ん、んぅ、んん」
キスをしながら腰の動きを再開させると、喉の奥に響いてくる声はすぐに甘く熱を孕んだものになる。絡ませた指がぴくりと動き、手の甲に食い込んだ。
「や、っあぁ、もぉ、っまだ、すんの……っ?」
「まだ俺はイってない」
九条は頬を上気させ、苦しそうに「はやく」と呟く。そう言われるといつまでもこのままねちねちといたぶってやりたくなるのが性というものだが、しかし俺もそこまで余裕があるわけではなかった。
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