▼ 02
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「あれ、瀬戸さん寝ちゃったの」
凛の手料理をたらふく味わった後、亮一さんはそのまま眠ってしまった。
片付けを終えた凛が僕の隣に座る。
「うん。めちゃくちゃ美味しかったってご機嫌だったよ。満足したみたい」
「そっか。良かった。振る舞う相手がいると料理も張り切っちゃうよね」
「今度また作って」
「いいよ」
それにしても、と僕と彼の様子を見て笑った。
「膝枕かぁ。相変わらずラブラブだ」
「正直足がしびれ始めてるんだけどね」
でもまぁ、疲れもたまってたようだし…このまま暫く起こさないでいよう。
綺麗な寝顔を無防備に晒して、すうすうと息を立てている。
「凛」
「ん?なぁに?」
そんな彼を眺めたまま、僕は言った。
「本当は…あの言葉、嘘じゃなかったんでしょう」
私が瀬戸さんのこともらっちゃうから。
「え…?」
優柔不断だった僕に告げた、あの言葉。
あの日あのとき、凜は嘘に決まってるじゃない、と誤魔化すように笑ったけれど。ずっとどこかで引っかかっていた。
好きなんていう気持ちを、彼女が嘘でも口にするはずかない。それがどれだけ尊い気持ちか、軽々しく言えない気持ちか、きっと凛は知っているはずだ。
「分かるよ。僕はお前の兄だから…家族だから」
「律…」
いつまで経っても決断できないでいた僕の背中を、押してくれた。思えば、彼と出会うきっかけを作ってくれたのも凛だった。
凛、凛、僕の大事な妹。幼い頃から何でも一緒で、好きなものも同じで。
お菓子もジュースも半分こ。本も玩具も二人のもの。僕と凛はいつも一緒。それで良かった。むしろそれが良かった。
でも今は。
「でも…僕は亮一さんが好きだから、凜に渡すつもりはない」
もう馬鹿なことは言わない。どっちの方が彼を幸せにできるとか、人の気持ちを天秤にかけるような真似もしない。
できるとかできないとかじゃない。
幸せに“する”んだ。
「だからね、凛に言わなきゃって思って」
僕は視線を上げる。泣きそうな顔をした凛と目が合った。
「ありがとう」
ごめんは間違ってる。僕が謝ることを彼女はきっと望んでない。僕もそんなことしたくない。
「大好きだよ、凛」
自分に出来る精一杯の笑顔を向けると、凜はぼろぼろと涙を溢れさせる。
「っ、り、りつぅ…!」
横から凄い力で抱き着かれた。亮一さんを起こさないように、出来るだけ踏ん張って身体の軸を保つ。
「律、お兄ちゃん、私も大好き…っ」
「うん」
「あのね、う、嘘ついてごめんね、でも私、本当に祝福してるから…!」
「うん。分かってる。嬉しいよ」
「二人とも大事だから、私、私…」
「全部分かってるから、泣かないで。お前に泣かれるのは昔から苦手なんだ」
よしよしと頭を撫でながら、その涙を指で拭った。こんなに泣いている凛を見るのは何年振りだろう。
「ん…?」
あ、と僕と凛の声が重なる。とうとう亮一さんが起きてしまった。
「な…何事だ」
涙でびしょびしょの凛とそれを慰める僕を見て、彼の瞳が丸く見開かれる。
そうだよね。目が覚めていきなりこんな光景が広がっていたら、誰だって驚く。
「ちょっと喧嘩しちゃって…仲直りしてたんだよね、凛」
「う、ん…」
「喧嘩。珍しいな。大丈夫か百瀬君」
「大丈夫です…もう仲直りしましたから」
「律に泣かされたのか?」
その質問はどうなんだろう。まぁ確かに僕のせいかもしれないが。
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