▼ 03
「はい」
彼の問いかけに、凜はまだ涙の残る顔で笑った。
「…そうか」
「いたっ」
未だ寝転がったままの亮一さんから、ぺちりと軽く頬をはたかれる。
「妹を泣かすなんて兄としてやっちゃいけないことだぞ」
「…すみません」
あまりに真剣な表情でいうものだから、何だかおかしくなってしまった。ふふふと笑みが零れる。凜も同じのようで、二人で顔を見合わせて笑った。
「どうして笑ってるんだ?」
「いえ、その通りだなと…ね、凛?」
「そうだね、律は私みたいな心の広ーい妹じゃなきゃダメなんだよね」
再びむぎゅっと抱き着かれる。それを見た亮一さんが、あ、と声を漏らした。
「…ずるい」
「え?」
「俺も律の弟になりたい」
「なんなのそれは…」
また意味の分からないことを言いだした。
「百瀬君と君は仲が良すぎる。俺はそこに入っていけないじゃないか」
「別に入らなくてもいいでしょ…大体亮一さんの方が僕より年上だし」
「じゃあ同い年になる。今から」
「あっ、ちょっと、くすぐったい」
ぐりぐりとお腹に額を押し付けられて、僕は身を捩る。
二人にぎゅうぎゅうに抱きしめられるという何とも不思議な光景。他の人が見たら一体どう思うだろう。
「あ、そうだ。瀬戸さん今日泊まっていきませんか」
「え?」
「そうしよう!ねぇ、いいよね律!」
「うん、僕は別に構わないけど…」
「…でも、着替えとか必要なものを持ってきていないぞ」
「大丈夫ですよ!律の…は、サイズが違うかもしれないんで、父のタンス漁ってきます!」
「え、お、お父さんの…それはちょっと、いたたまれないというかなんというか…」
珍しく亮一さんがあわあわしている。少し面白い。
「明日は土曜だし、夜更かししましょう」
「夜更かし?」
「はい」
立ち上がりながら、楽しそうに笑う凛。
「三人で川の字になって寝ましょう」
それから、たくさんたくさんお話しましょう。
「きっと楽しいですよ」
大学生にもなって、子供じみた遊びかもしれない。でも彼女が提案したその考えは、本当にとてもとても楽しそうなものに思えた。
さら、と彼の髪を撫でる。凛の意見を後押しするかのように口を開いた。
「亮一さん、一緒にお風呂入ろうよ」
「えっ」
表情が輝く。
「何もしないけど」
「え…」
一気に落胆する。単純だ。
「お風呂から上がった後は、凛と僕と三人でお話するんだ。そんで一緒に寝よう」
彼がうちに泊まるのは初めてのことじゃないだろうか。いつもいつも僕が泊まるばかりで。
「亮一さんと、凛と…僕の好きな人が二人もいて、朝まで一緒だ」
嬉しいね。そう言って笑うと、亮一さんはかぁっと頬を紅くした。
「そ、そんな顔で言われたら、断れないじゃないか…」
「じゃあ決定ね」
「はーい!じゃあ私着替え探してくる!」
「僕はお風呂沸かすよ」
リビングから凛が出ていくのを見ながら、僕は照れている彼にそっとキスをする。
「亮一さん、大好き」
「…うん。俺も大好きだ」
こうして夜は、更けていく。
end.
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