▼ 02
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「じゃあ、今日はここまで。次回は各自このレジュメを…」
…ようやく終わった。早く帰りたい。
授業が終わった瞬間に席を立つ。90分がこれほど長いとは思わなかった。
大体なんだこの靴。凛は何故こんな歩きにくい靴で平然と過ごしていられるんだ。一歩間違えば足首が折れるのではないだろうか。
ふらふらと不自然な動きで構内を歩いていると、すれ違った男の人がぱしっと僕の腕を掴んだ。
「!?」
びっくりして立ち止まる。な、なんかおかしかったかな。もしかしてばれたかな。緊張で汗が滲む。
「百瀬君じゃないか」
「…っ」
「久しぶりだな。何だか今日は印象が違うから、一瞬気付かなかったぞ」
その男の人は驚くほどイケメンだった。鼻が高くて、目がぱっちりしている。きりっとした鋭角眉が美しい。
「そっちのが似合うな」
なんだ、凛の知り合いか。ほっと安堵する僕。君付けで呼ばれたから、一瞬ばれたと思っちゃったじゃないか。
…いやいや、安心している場合じゃない。誰だこの人。僕は凛じゃないし分かるはずがない。適当に話を合わせよう。そしてさっさと帰ろう。
しかしそのイケメンは、そんな僕の願いを打ち砕くように微笑んだ。
「そうだ、ちょうどいい。君に用事があったんだ。ちょっと着いてきてくれ」
「あ、あの、私、用事が…」
「すぐ済む。次はいつ顔を合わせるか分からないしな」
ええ。そんな。凛、コンサートなんて行ってないで助けてよ。授業に出るだけでいいって言ったじゃないか。
イケメンは焦る僕のことなんて露知らず、ぐいぐいと腕を引いて歩いて行く。
辿り着いた小さな部屋には、院棟資料室と書いてあった。ほこりっぽい空間にたくさんの本が並べられている。
「これ、前に言ってた本。たまたま見つけたから君に渡そうと思って」
「あ…ありがとうございます」
生態とか環境とかよく分からない言葉が書かれた本を渡された。凛…こんな本読むのか。意外。僕の専門は語学だ。双子と言えど学んでいることは全く違う。
「…あと、本当はこっちが本題なんだが」
まだ何かあるの。っていうかこの人誰なの。机に軽く腰を掛けたイケメンをちらりと見る。名前すら分からないのに、これ以上会話を続けるのは危険すぎる。
内心汗だらだらの僕の手を、イケメンが両手で包む。
「えっ」
「百瀬君…俺は君が、ずっと…」
まさか。そう思ったときにはもう遅い。
「俺は、君のことが好きだ」
ちょっとちょっとちょっと。これは非常にまずい。まずい。まずいよ。
凛、こんなイケメンに告白されてるよ!
っていうか本気で好きなら僕が本人じゃないってことに気づこうよ。いや気づかれても困るのだけど。
「初めて会ったときから、君しかいないって思っていた。俺と付き合ってくれないか?」
「っあ、あの…」
「恥ずかしがらなくていい」
恥ずかしがってなんかいません。大丈夫かこの人。
黙ったままの僕の腰に、彼の綺麗な手が触れる。
「ずっとこんな風に触れたかった」
「やっ、やめてくださ…」
「百瀬君…」
はぁはぁと近づいてくる吐息。それを突き飛ばしたい衝動に駆られた。
で、でも凛もこの人のことが好きだったら、勝手に断るのは良くないし…どうすればいいの僕は!
頭をフル回転させて、この状況をなんとか切り抜ける方法を探る。
「っあ!ちょっと」
ぐいぐいと腰を引き寄せられて、イケメンの腕の中に閉じ込められる僕の身体。
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