▼ 01
「律、お願い」
「え…嫌だよ。絶対嫌」
「この通り!これを逃したら一生行けないかもしれないの!」
「普通に休めばいいじゃない」
「だからそれが無理なんだって!次休んだら単位落とすって言われたもん!」
「…どうしてお前はそんなに計画性が無いんだ」
「お願いっ!何でも言うこと聞くから!」
土下座でもしかねない勢いで、目の前で手を合わせる凛。
僕の双子の妹である彼女の言い分は、こうだ。
大好きで大好きで愛してやまないバンドのコンサートのチケットが当たった。しかも最前列の席。そのバンドは相当人気で、この先こんなチャンスはない絶対行きたい。でも、次に授業を休んだら、確実に単位を落とす。
そこで、思いついた。兄に自分のふりをさせて授業に出席させれば良いのだと。
確かに僕と凛の顔は瓜二つで、知らない人が見たら全く見分けがつかないくらい。
それにしたって、これは。
ちらり、とハンガーに掛けられた服に視線を移す。淡い水色のブラウスに、白いスカート。凛曰く「律の抵抗感が最小限に抑えられるように選んだ服」だ。そういう問題ではない。
「明日は一コマだけだから!終わったらすぐ帰っていいから!」
律、お願い。
幸いというか、不幸というか。僕は明日授業をとっていないために休みだ。
滅多にない妹の頼みに、僕は覚悟を決めるしかなかったのである。
*
「…」
足がスースーして気持ち悪い。皆がこちらを見ているような気がして、自然と視線が下がった。
律、私よりずっとかわいい。女の子みたい。似合ってる。
全く嬉しくないお褒めの言葉をいただいた挙句、メイクまでされた。髪は勿論ウィッグである。
確かに鏡に映る自分は、そこらを歩いていてもおかしくないくらいにはちゃんと女の子で。っていうか凛そのものだった。
自分は女顔だし、痩せているほうだとは思っていたけれど。でもここまで違和感がないとなると、さすがにヘコむ。僕だって一応男だ。プライドだってある。
「凛、おはよ!」
溜息を吐いた瞬間、後ろから声をかけられた。肩がびくりと跳ねる。
「お、おはよう」
「なんか今日清楚だね。イメチェン?」
「そ、そうなの。イメチェン」
「似合ってるよーかわいい」
嬉しくないです。僕は男です。
「ごめん、今日ぼ…私、ちょっと風邪気味で。うつしたくないから端の席に座るね」
危ない危ない。僕って言っちゃうところだった。
その女の子は特に疑問に思うこともなかったらしく、分かったお大事にと優しく笑ってくれた。…ふう。何とかうまくやれているようだ。
そそくさと教室の一番隅の席に座る。このまま静かに終わってほしい。じゃないと僕が死ぬ。社会的に。
ウィッグも重いし、スカートはスースーするし、それに、最も最悪なのはブ…ブラジャーというやつだ。
私の胸がそんなぺったんこなんて、絶対嫌!ありえない!
そんな凛の自分勝手な理由により、僕は無理矢理その女性用である下着を装着させられた。大量にパットを詰め込まれたせいで、胸が苦しい。
…はぁ、何で僕、こんなことしてんだろ。
いつの間にか始まっていた講義。それを聞き流しながら、僕は一人うなだれた。
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