▼ 02
「ふわふわやなーウサちゃん」
ウサちゃんって。思わず噴き出しそうになって、必死にこらえた。ゆるんだ口元に手を当てて気付かれないようにする。
なんでちゃん付けなんだよ。意味わかんねーよ。
「抱っこしていいと思う?」
「いいんじゃない」
「よし。おいで」
おとなしい性格なのか、そのウサギは瑞貴の腕に抱かれても逃げることなくじっとしていた。
「すげー可愛い」
白い毛に顔を埋め、表情を綻ばせる瑞貴。俺にとってはお前の方が…いや、何でもない。
一人で馬鹿みたいなことを考えていた次の瞬間。
「…」
瑞貴が、ちゅっと軽くウサギに口付けた。
「いいな、俺ん家もペットOKだったら良かったのに」
おい待て。
「…お前…」
「ん?」
…お前、そんな嬉しそうな顔で俺にキスしたことなくない?セックスのときは大体泣き顔だし。っていうかいつも瑞貴は受け身で、俺ばっかりじゃん。満面の笑みで口付けられたことなんか一度もない。
我ながら心が狭いとは思う。ウサギに嫉妬してどうするんだよ。
「何だよ。眉間に皺寄せて」
「別に」
本人にこんなこと言えるはずがない。俺にだってプライドってものが。
「こんなに可愛いんになー。何が気に入らんのやろうなー」
…プライド、ってものが。
「ひふみもこのウサちゃんの10分の1でいいから、ちょっとは可愛くなれよ」
こいつ…。
泣かす。絶対泣かす。
俺の名に懸けて絶対泣かす。
「ひっ、冗談だろぉ…そんな人を殺しそうな目で見んなよ」
あぁ、つい怒りが滲み出てしまった。それを察知した瑞貴が怯えた表情をする。
大体可愛くなれってなんだよ。なんで俺に可愛さを求めるんだよ。可愛い俺のどこに需要があるんだ。我ながらきもい。想像したくもない。
「瑞貴」
「な、なに…」
「お腹空いた」
とりあえず怒りをこらえた。今はまだ優しくしておこう。軽く何か食べようと提案すると、安堵の溜息を吐く瑞貴。大方何か言われるだろうと思ったんだろう。今は言わない。でも帰ったら覚えてろよ。
「フードコートでも行く?」
「うん」
「じゃあお別れだな、ばいばい」
瑞貴は、ウサちゃん、と最後まで気の抜ける名称でそのウサギを呼ぶ。
それだけのことで怒りを静めてしまいそうな自分がいて、いやいや駄目だと奮い立たせた。
俺を煽ったのはそっちなんだからな。馬鹿瑞貴。
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