▼ 04
――結局あれからもう一度して、寝たのは深夜もいいところだった。むしろ朝に近い時間だったかもしれない。
とりあえずいつもの時刻に起きることには成功したが、今日の授業は居眠り必至だ。
「もう行くのか」
「あれ、起きたんだ。寝てて良かったのに」
支度を終えて玄関で靴を履いていると、のそのそと忠太が起きてきた。相変わらずの寝起きの悪さである。芸術的な寝癖ももう見慣れてしまった。
「お昼は冷蔵庫にタッパに入れてあるから、チンして食べて」
「ん…」
「買い物してから帰るつもりだから、夕飯のリクエストあれば聞くよ」
鍋、と即答される。
「タマと鍋したい」
「わかった。寒くなってきたもんな」
「タマ」
突然ぎゅっと抱きしめられた。玄関の段差のせいで、上から覆い被さられているみたいだ。
「忠太…?」
「俺も買い物行く」
「そう?」
どうしたんだ急に。出不精なのに。
「学校終わるの何時?迎えに行くからそのまま帰りにスーパー寄ろう」
「4時すぎくらいには終わるよ」
「ん」
忠太はそれから、俺の肩に腕を乗せてじっとこっちを見つめてくる。
「なに。どうしたの」
「俺、お仕事頑張るから」
「うん、頑張って」
「じゃなくて」
「?」
「行ってきます、お仕事頑張って…のちゅーは?」
どうやらそれが言いたかったことらしい。俺はおかしくなって笑った。
「ん」
むちゅ、と少し背伸びしてキスをする。
「行ってきます」
触れ合うだけの軽い口付けだけれど、行ってきますのちゅーなんて照れくさい。自然とはにかんでしまう俺を、忠太はもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「はぁぁ…」
長い長い溜息だ。
「なんで今日平日なんだろう…なんでタマは学校に行くんだろう…」
「何言ってんの」
まだ寝ぼけているのだろうか。
「俺はお前が可愛いくて仕方ないよ。可愛すぎて食べたいくらいだ」
かぷ、と忠太の歯が俺の鼻を噛んだ。痛くはないが、突然の奇行に俺は驚いて目をしぱしぱさせる。
食べたい、だって?
そういえば、最近よくその言葉を忠太から聞く気がする。
「…可愛いと食べたくなるの?」
よくわからない理屈だ。そもそも「食べたい」とはどういう感情なのだろう。
「なる。だから昨日もいっぱい舐めたし噛んだろ」
「え…――あ、うん…」
昨晩の情事の様子が頭の中で反芻され、恥ずかしさで自然と声が小さくなってしまった。
その歯が肌に食いこむ痛みも、濡れた舌が皮膚を這う感触も、その全てを鮮明に覚えてる。
「人間の三大欲求って知ってる?」
忠太は突然そんな質問をした。
「食欲と睡眠欲と性欲?」
「そう。食べることは、人間の最たる生命活動の一つだ」
「うん」
「タマを食べたいってことはつまり、俺の生命維持にはタマは必要不可欠な存在ってことを如実に示してると思うんだ」
そうかな?と俺は首を傾げ、そうだよと忠太が頷く。
「ちなみに俺は残り二つの欲…睡眠欲と性欲もタマに直結してる」
「直結って」
「俺はタマがいないとうまく眠れないし、何度だってタマに欲情するよ」
欲情。反応に困ることを言われてしまった。
「…」
まだ朝なのにこんな話はやめよう。早く行かないと学校に遅刻する。言いたいことはたくさんあるのに、口の中でもごもごと言葉だけが転がる。
うまく言えないのは、本当はすごく嬉しいからだ。朝から性欲だの欲情だのそんな話はやめようとか、遅刻するとか、そんなのは全部、建前なのだ。
先程と同じように少しだけ背伸びをして、俺を抱きしめる忠太の背中に腕を回した。
「…俺も、忠太のこと、食べたいくらい好き」
その言葉を聞いた忠太が、息だけで笑うのが伝わってくる。
「タマは俺のこといつも食べてるだろ?」
「?」
「ここで」
優しく尻を撫でられ、ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。
「その言い方…親父くさい…」
「ひどいな。傷付く」
「忠太のエロオヤジ」
「怒った?」
「んむ」
機嫌直して、とちっとも悪びれていない顔でまた俺の唇を塞ぐ忠太。
別に機嫌を損ねたわけではないのだけれど、甘やかされているのがわかってひどく心地がいい。
俺はふるふると首を横に振った。
「もっとちゃんとしてくれないと、直らない」
――…居眠りどころか遅刻必至だ。
でもまぁ、たまにはいいか。
end?
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