▼ おまけ
彼のことを駄目な大人だと思うのはこういうときだ。
「たまぁ、タマ、ほら俺のとこおいで」
「今食べてるから」
「いいから早く」
鍋とともにお酒をかっくらっていた忠太はすでに完全に出来上がっており、やたらと絡んでくる。仕方なく俺は忠太の膝の上でまだ煮えたぎる鍋をちまちま味わっていた。
「俺にもちょうだい」
お玉で具をよそっている俺に、忠太が言う。
「何がいい?」
「豆腐」
「はい。熱いから気をつけて」
「ふうってして。食べさせて」
なんだこの甘え方は…と思いつつも言われた通り豆腐を掬ってふうふうと息を吹きかける。こんな絵面、誰にも見せられない。恥ずかしすぎる。
「もういいかな。はい」
「あーん」
「おいしい?」
「うん。うまい」
「忠太、木綿好きだろ。俺も絹より木綿のが好き。まだたくさんあるよ」
「俺はタマが好き」
「…」
そういう話は今していない。
けど、まぁ、嬉しい。かなり。
「タマ」
「な、に」
忠太は後ろから俺の腹に手を回し、ぺったりとくっついてきた。とんだ甘えたである。
「タマが俺の前に落ちててくれて本当に良かった」
「…」
「タマを見つけたのが他の奴だったらって思うとぞっとする」
「…うん」
俺は食事する手を止めた。背中に体重を預ける。
「タマの傍にいるのが俺じゃないなんて、そんなの耐えられない」
「他の人はきっと忠太みたいに俺のこと拾ってくれないよ」
「世の中にはいろんな奴がいるからわからないぞ」
「俺は忠太だから好きになったんだ」
回された腕にさらに力がこめられた。
「好きだよ。タマ」
「…ん」
「俺は、タマがいない日々を二度と過ごせない」
何も言えないでいる俺に、忠太はそういえばと思い出したかのように口を開いた。
「今、俺が書いてる話。できあがったら一番にタマに読んでほしい」
「俺に?」
「そう」
忠太は俺がいない間、一切小説が書けなくなったらしい。
それほどまでに自分が彼の中で大きな存在になっていたことに驚いたし、同時に嬉しくもあった。
「タマと一緒にいる俺が、どんなことを考えて、どんなものを書くのか、それをタマ自身にずっと見ててほしい」
ずっと。
ずっとこの人の傍にいるのが俺だったら。それは一体、どんなに素敵なことだろう。
「…俺で、いいの」
つい弱気な言葉を吐いてしまった。でも忠太はそれを咎めるでもなく、タマはどうしたい?と優しい声色で尋ねてきた。
俺。俺は。もちろん。
「忠太とずっと一緒がいい」
「よし」
後ろを振り向かされてキスされた。絡んでくる舌にはお酒の味と香りが残っている。
「…お酒の味がする」
苦手だ。全然おいしくない。
「早くお前もハタチになればいいのに。そしたら一緒に飲もう」
「えー…やだ」
「お酒嫌い?」
「俺にはまだおいしさがわかんない…」
よくこんなものを飲むなぁ、と思った。大人ってよくわからない。お酒を飲むくらいなら、ジュースの方がいい。
「お子様なタマも可愛いよ」
「お子様じゃない」
「大人になったタマも早く見てみたいけど、このままでいてほしい気もする」
「痛いよ。やめてよ」
少し伸びた髭を頬に擦り付けられ、俺は忠太の腕の中でもがく。
「でもいいだろうな。タマとお酒飲むの。楽しみだ」
ハタチなんてすぐそこだ。でもやっぱりちょっと遠い。
少し先の話になるけれど、そのときも俺は忠太の隣にいて、俺は忠太の隣にいるんだろう。二人一緒にいるために、俺はどんな努力だって惜しまない。
「酔っぱらっても忠太みたいにならないように気を付ける」
「なんだそれ。俺みたいって?」
「絡み酒」
「タマにだけだよ。好きな人には甘えたくなるんだ」
「…ならいいけど」
「タマも甘えるのは俺だけにしろよ」
「うん」
忠太の書いた本を一番に読むとか、一緒にお酒を飲むとか――そんな近くて遠い未来の話を、小さな約束を、俺たち2人はこれからも何度だって積み重ねていく。
end.
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