毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 03

あぁ、今ここでやるのか。小山は咄嗟にそう悟ったが、予想とは裏腹に津々見はそのまま小山の手首を掴んで引っ張る。突然のことで身構えをしていなかった身体は、簡単に力を込められた方向へ傾いた。

「あの、課長…?」
「ついてきて」

一体どこに行くというのか。そもそも彼は何か用事があってこの会議室に来たのではないだろうか。自分とこんな風に話をしている暇などないのでは。

様々な疑問が頭の中で渦巻くが、敢えてそれを口には出さない。下手なことを言うのは得策ではないと思ったからだ。

スタスタと振り返ることもなくどこかへ向かって歩いて行く津々見。ついて行くのに精一杯だ。脚の長さの違いを思い知らされる。

…まぁ、敵わないのは、そこだけではないけれど。

津々見は小山とほとんど歳も変わらないはずだ。若くして課長という肩書きを持っていることは勿論彼の優秀さを表す一つの要素であるが、それを鼻にかけることのない謙虚な姿勢や仕事に対する誠実さのおかげで、部下からの信頼も厚い。小山もそのうちの一人だ。

…女には困ってなさそうだが、もしかして溜まってる、のか?

彼の仕事人間っぷりを思い出し、小山はそんな無粋な憶測を立てた。津々見は忙しい。プライベートに割く時間がなく、もしかしたらこの機会を利用して体よく性欲を満たそうとしているのかもしれない。

「ここでいっか」

連れ込まれた先は社内のトイレの個室だった。物音に気を遣えさえすれば、確かに誰にも気づかれる心配はない。少なくとも先程の小山と上原のようには。

「脱いで」

掴んでいた手首を解放し、開口一番そんなことを命令する。

「上ですか下ですか。それとも両方ですか」
「あはは、抵抗とか無いんだ?」
「そんなものがあるなら、あんな場所であんなことしてません」

少し雑な言い方をしてしまっただろうかと心配になるが、津々見の顔には笑顔が浮かんだままだった。

「そりゃそうだね。…じゃあ、下で」
「分かりました」

恥ずかしさなんか、とうの昔に消えてしまった。躊躇いなくベルトに手をかけ、スラックスと下着を足元まで下ろす。

「はい」
「あの…」
「乗って。俺の上」

洋式の便器の上に腰掛けた彼が、小山に向かって軽く手を広げて見せた。言わんとすることはすぐに理解したが、あまり気が進まない。

対面座位は好きじゃない。お互いの顔を見てぴったりと密着して抱きしめ合って…そんなセックスは、恋人同士がするものだ。快楽を得るために相手なんかどうでもいい。自分でも最低だと思うが、事実小山は誰と寝るときも必ず相手の顔が見えない体位を選んでいた。

「スラックスとパンツはそこのフックにでもかけときなよ。そのままじゃ脚開けないでしょ」
「…はい」

しかし今は我を通せる立場ではない。弱みを握られているのは自分の方なのだ。仕方なく津々見の指示通り膝の上に跨る。

「…」

近い。予想以上に近い。

津々見の顔が目の前にある。暗いブラウンに染められた髪、綺麗な形の瞳は丁度いい二重幅で、おまけに何だか甘い。冷たい印象を与えがちな小山とは正反対の、人当たりの良さそうな顔だ。

何となくいたたまれなくなって視線を逸らせば、津々見は「嫌なら顔伏せてな」と言った。敏い人だ。その言葉に甘えて、そっと肩口に額をくっつける。

「…っ」

探るような指先が後孔の縁に触れた。いきなりか、と思いつつ黙って息を詰める。

「濡れてんね」
「…」
「さっき、上原に中出しされたの?」
「は…っい」
「ふーん」

先程感じていた熱が段々と戻ってくる感覚がした。そういえば、余韻に浸る間も無かった。一応射精はしたが、どこか消化不良なセックスだったのだ。

「あ…ッ」

すぐに入ってくるかと予想していた指は中々挿入されず、入口の部分を浅くなぞるだけ。思わず物欲しそうな声が出る。

「…ふ、ぅ…、ん、ん」
「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「な、なんですか…」
「ここって気持ちいいの?」

どうしてそんなことを聞くのだろう。確かに排泄器官で快楽を得ることは一般的とは言い難いけれど、それ程特異な嗜好でもないはずだ。前を触るのとはまた別のベクトルでの気持ちよさを感じられる。

小山もこれ程気持ちよくなれるまでに時間はかかったが、今となってはすっかり慣れたものだ。むしろ後ろに何かしらの刺激を与えないと物足りない。

額をつけたまま頷く。クスリと耳元で笑う声がした。

「もっと気持ちよくなりたい?」
「…っ、はい」
「素直だね」

にゅるにゅると指をゆっくり挿入された。中に出された精液のおかげで滑りはいい。必死に声を噛み殺しながら、埋められたものの感触を味わう。

「あ、あ、あ…っ、ん」
「…他人の精液に触るって、すごい嫌な気分」

最もな意見である。自分のものでもあまり触りたくないのに。

「これ、全部掻き出すから」
「うぁぁ…っ!」

その言葉の後、指の動きが大きく変わった。

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