▼ 07
そうじゃなくて、とまた同じ言葉が繰り返される。
「小山の顔、尋常じゃないくらい真っ赤なんだけど」
「真っ…赤?」
「うん。平気?」
尋常じゃない赤さとは一体。
――もしかして、もしかすると、この手の震えは。
思い当たる一つの考えを胸に、津々見の視線から顔を背ける。そして。
「は…恥ずかしい…」
手の甲で口元を隠して呟いた。
恥ずかしい。津々見の部屋で、津々見の匂いのするベッドで、全部見られてしまうこと。こんな明るい場所ですべてを明け渡してしまうこと。
「え?」
「だから…その、津々見さんの前で、裸になるのが…は、恥ずかしい…です…」
最後の方は消え入りそうな声になってしまったが、ちゃんと聞こえているはずだ。
「…なんで?」
心底不思議そうな口調で尋ねられ、ふるふると首を横に振る。わからない、という意味だ。
「俺に裸見られるのが恥ずかしいから、そんなに真っ赤なの?手が震えちゃうくらい?」
「…はい」
「もう何回も見てるのに?」
「だって、前と今じゃ…全然違うじゃないですか…」
自覚した途端ますます熱くなった。だらだらと汗が噴き出てくる。もう顔を上げられない。見られたら死ぬ。勿論恥ずかしくて、だ。
「…ふ、くく…っ、あはは!」
津々見は声を出して笑ったかと思うと、そのままベッドの上にぼすんと仰向けに倒れ込んだ。
「あの」
恐る恐るその顔を覗きこんでみる。彼は尚もくすくすと笑い続けながら、自分を見下ろす小山の頬に手を伸ばした。
「全然違うって、小山の心の持ちようがってこと?」
「は、はい」
「好き同士のセックスは恥ずかしい?」
「…」
こくりと頷き、頬を撫でる津々見の手に自らの手を重ねる。
「恥ずかしい、です。どうしたらいいか、ちっともわからないんです。前は平気だったのに」
「うん」
全部この人のものにされたいのに、全部暴いてほしいのに、同時に逃げ出してしまいたくもある。
触れたところから零れ落ちてしまいそうで、ひとたび綻んでしまえば、もうどうしようもなくなってしまいそうで、途轍もなく、怖かった。
「でも」
それでも触れたいと思う気持ちが、もっと近づきたいと望む心が。
「…でも、したい」
「うん」
――多分、好きだということ。
「小山」
津々見の声が耳を擽る。彼の口から紡がれるその名前を愛おしく感じる自分は、やはり存外単純なのかもしれないと思った。
*
はぁ、はぁ、と糸を引くような荒い息が漏れる。汗で濡れた肌の上を彼の手のひらが柔らかく滑っていった。
小山は今、津々見の上に跨ったまま、自らで自らの孔を弄っている。
「ん、んぐ…っ、う、はぁ、あ…ッ」
目を閉じてひたすら指を動かすことだけに集中する。ベッドの脇についた腕ががくがく震え、今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうだ。
自分の指をここに埋めたことは、何度もある。行為の後中出しされた精液を掻き出すときは勿論、ペニスに触れるだけの自慰では物足りないときにも。
だけど、こうしているところを誰かに見せたのは初めてだった。また新しい「初めて」を奪われてしまったことに、途方もない歓びを感じる。
「ふ…っ、ん、ンン、ん…、んっ」
抜き差しをする度、熟れた果実を潰すような音がした。指の腹を襞に絡ませ、きつく締め付けてくる内側を押し広げていく。
「目、閉じないで。開けて。こっち見て」
声自体は優しいはずなのに、命令されているみたいだ。言われた通りに瞳を開けると、津々見の視線がじっと下半身に注がれているのがわかった。
「あ…っ、ぁ、あっ、んん」
ぞくぞくと背筋が伸びて、たまらなくなる。
「つ、津々見さ…、はぁっ、ん…津々見さん」
「ん…?」
中を抉る指の動きが自然と激しさを増した。ぐち、ぐち、とひたすら気持ちの良い場所を擦り上げていく。無意識のうちに津々見の動きを思い出し、なんとかしてそれに似せようとしている自分がいた。
「ひ…ッ」
むき出しになった尻の間に突然昂りを押し付けられ、声が漏れる。津々見はそのままぬるぬると下から突き上げるように何度も何度も腰を揺すった。
まだ入れられてもいないのに、入れられたみたいに気持ちがいい。最中のしなやかな抽送を連想して達してしまいそうで、小山は一切の動きを止める。
「なんで止めるの?ちゃんとほぐして。まだ終わってないでしょ」
「…っ」
駄々を捏ねる子どものように首を横に振った。中に埋めた自らの指を抜き去り、押し付けられたペニスの先端を直接穴にあてがう。
「も、もう、十分、ほぐした…っ」
「本当に?」
「あ…っ、あっ、ぅ…ほ、ほんと、ほんと、です」
ちゅぷ、ちゅぷ、と濡れた先っぽが焦らすように何度も入口にキスをした。その度に内側が蠢いて、まだ空っぽのままの隙間を勝手に締め付ける。じれったくて、もどかしくて、泣き出してしまいそうな小山とは裏腹に、津々見はただ薄く笑うだけだ。
「うそ。まだきつくて入らない」
「入る…っう、そのまま、したら、入りますから…っ、はやく」
「駄目。指入れて。さっきみたいにして」
「や…っ」
「小山」
「いやです、やだ、もうしたくない、いやだ」
どうして駄目なのかわからない。確かに津々見のセックスはいつも丁寧すぎるほど丁寧だったが、小山が入れてほしいと言えば望み通りそうしてくれていたし、こんな風に突っぱねられることは一度もなかった。
「したくないなら、やめようか」
「ちが…っ」
ここまで意地悪を言われることも勿論なかった。――なんで。なんでなんで。折角、やっと、できると思ったのに。
「津々見さん、津々見さん…!」
「痛いよ、小山」
起き上がろうとする津々見の身体を押さえつけ、小山は唇を噛み締める。零れてしまいそうな涙を我慢するためだ。
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