毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 02

堅い決意を胸に秘めたところで、その決心が鈍らないうちにと途中だった料理を急いで終わらせる。何度か味見をしたのでまずいということはないはずだ。

「できた?」

キッチンから皿を持ってやってきた小山を見て、ベッドの中の津々見は待ちかねたように微笑んだ。

「そのままベッドで食べますか?」
「うん」

津々見がのそりと緩慢な動作で起き上がる。それ程熱は高くなさそうだが、やはり身体は怠いのだろう。

「あぁごめん、行儀悪いかな。ちゃんとテーブルで食べるよ」
「いえ、むしろいちいち立ったり座ったりするのは煩わしいと思うので、そのままの方がいいかと」

本来眠るための場所で食事をとるという行為に対し、気を悪くしていないかと尋ねられた。自分のことなんか気にしなくていいのに、こういう細やかなところにまで気が回るところは津々見らしいなと思う。

「熱いので気をつけてくださいね」
「ありがと。ここ座って」

持っていた器とレンゲを手渡すと、ベッドの淵に腰掛けるよう指示された。言われた通り静かにその場に腰を下ろす。

「うまそう。いただきます」
「はい」

レンゲの上にすくった粥からは湯気が立ち昇っていて、それを津々見が何度か息を吹きかけて冷ましていた。意外と猫舌なのだろうか。

ふうふうと唇を尖らせているところが何だか子どものようで、それを見つめる自分の瞳が柔らかくなってしまうのがわかる。何だか微笑ましい。

「ん、おいしい」
「良かったです」
「俺こういう卵をぐしゃぐしゃってやったの好きなんだよね」
「かきたまご、美味しいですよね。俺もよく袋ラーメンとかつくるときにやってます」

黄身を潰さないでそのまま一緒に煮るよりも一度溶いた方が好きだという話をする小山を、津々見がじっと見つめ返してきた。何か変なことを言っただろうかと首を傾げる。

「小山さ」
「はい」
「最近、自分のこと俺って言うよね。前は自分が〜とか、自分は〜とか言ってたのに」
「…そう、ですね」

仕事をしているときの一人称はフォーマルな場では「私」で、勿論上司である津々見にも「私」を使った方がいいのかもしれないが、社内で私的な会話をするときなどはつい少しくだけて「自分」と言うことが多かった。

そのことを指摘されたのだと思い、すみませんと謝罪の言葉を口にする。

「私、に正すようにします」
「いやいや、違うよ。そこは全く構わないし、むしろ私って言われるとなんか距離置かれてるみたいで嫌だ。そうじゃなくて俺が言いたいのはね」
「はい」
「俺の前でそういうくだけた話し方してくれるの嬉しいから、わざわざ会社の中みたくいちいち気にして畏まらなくていいよってこと」
「畏まる…」
「今みたいにさ、俺は何々です、とか、俺はこうなんです、とかって話し方してくれると、今は上司と部下じゃなくて普通に一対一の関係で会話してるんだなぁって実感できるでしょ」

成程、と納得して頷く。「私」や「自分」よりも「俺」の方が親しい人に向けて使う一人称であることは確かだ。

それと同時に、そんな些細な言葉の変化に気付くほど津々見は自分の話すことをしっかり受け止めてくれているのだと気づかされて恥ずかしくなった。

「えっと…あんまり、気にしないようにします。このままで」
「うん。あ、あとご馳走様。すごく美味しかった」

いつの間にか食べ終わってしまっていたらしい津々見が、空になった皿をこちらに向けて見せる。

「お皿、洗ってきますね」

その皿を受け取り立ち上がる小山の腕を、彼の手が優しく掴んだ。

「水につけといてくれればいいよ。それより座って」
「え」
「小山の話、聞きたいから続けてよ」

改まってそう言われると、話し辛いことこの上ない。どんな話題を提供すればいいのだろう。自然と困った顔になってしまっていたのか、津々見が笑う。

「はは、そっか。小山はこういうの苦手だっけ」
「苦手というか…まぁ、はい」
「別に深く考えなくてもいいのに。折角付き合ってるんだから、恋人らしくいっぱい無駄な話をしようよ」

付き合ってる、という一言にぴくりと反応してしまった。

――そうだ。課長と自分は、今、恋人同士っていう認識で、いいんだ。

変に高鳴り始めた心臓を落ち着けようと手のひらを握る。暑くも無いのに汗が滲んだ。

「あの」
「うん?」

恰好よくて、優しくて、仕事もできて、慕われていて、上司としても男としても完璧な津々見。それに対して自分は、無愛想で、いろいろ面倒くさくて、性格だって暗くて、いいところなんてせいぜい外見くらいだ。その外見も他人が褒めてくれるだけで、自分自身ではあまり好ましく思っていない。

なのに津々見は小山を好きだと言う。いくらでも待つよと笑いかけてくれる。

この人は、なんで俺を好きなんだろう。なんで俺を見てくれるんだろう。

きっかけがきっかけなだけに「セックスの相性が良かったから」などと答えられたらどうしよう、なんて不安は勿論ない。もし身体が理由なら、自分の面倒な過去を吐露したときに関係は終わっているはずだ。

俺は面倒くさい。だけど、津々見さんはそんな面倒くさい俺を受け止めてくれた。だからこそ余計に理由を知りたい。

「津々見さんは、どうして俺を好きだって言ってくれるんですか」

小山は顔を上げ、ずっと気にしていたことを口にした。

すう、と彼の瞳が細くなる。笑っているわけでも、怒っているわけでもないその表情だけでは、津々見が何を考えているかはわからなかった。

「それが、小山の話したいこと?」
「…はい」

小さな返事とともに頷いて、津々見の言葉の続きを待つ。

きっと自分は、今、ものすごく緊張している。本当のことを聞きたいような、それでいてやっぱり聞きたくないような、そんな複雑な気持ちが胸の中に広がっていく。

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