▼ 08
他に何も入る隙がなくなってしまうくらい、この人のことを考えたい。いっぱいになって、満たされて、溺れてみたい。
そうすればきっと、もっと前に進める。
ただ与えられるものを受け止めるだけの自分は、もう嫌だ。
「さっきみたいに、してください。足りないんです」
それ以上言葉を発する間もなく口を塞がれた。津々見の唇が自分の唇と合わさっている。そのことを改めて意識すると、胸の奥がざわついた。
「は…っぁ、あ、んん」
ぬるりと滑り込んできた舌に自らも応えるように絡ませると、さらに動きが激しくなる。一瞬で力が抜けてしまいそうになって、懸命に津々見の身体にしがみ付いた。隙間もないくらいに密着したせいで、下腹に硬いものが擦れる。
――津々見さん、勃ってる。
「…ッ、んん、ふ…!」
興奮しているのは自分だけではないことに気がついた瞬間、それまでとは比べものにならない程の快感が走った。
嗚呼、駄目、駄目だ。欲しい。欲しくて欲しくて仕方がない。頭がどうにかなりそうだ。
「津々見さ、んっ、津々見さん…っ」
「…なぁに?」
津々見が息だけで問いかける。甘く熱を帯びた声が耳の中に入り込んできて、小山はまた身体を震わせた。
「ごめんなさ、もう、もう…」
ほら、やっぱり自分は堪え性がない。どうして我慢ができないんだ。奥で渦巻く苦しさと自らの情けなさが相まって泣きそうな声が出た。
「俺が欲しい?」
何度も何度も頷く。すると津々見は笑いながら小山の唇を指でふにりと押した。
「だったら、言わなきゃいけないことがあるよね」
「言わなきゃ、いけない、こと…」
「どうして俺が欲しいの?もうずっとセックスしてないから、溜まっちゃった?」
「ちが…」
違う。そうじゃない。
津々見が自分を抱かなくなって一ヶ月。一ヶ月の間、小山は誰にも抱かれなかったし、抱かれようとも思わなかった。
「うん。そうだよね。気持ちいいことしたいだけなら、さっき上原にセフレに戻ろうって言われたとき頷けば良かったよね。どうしてそうしなかった?」
「それは…」
「それは?」
「もう、そういうのは、やめよう…って、思って」
「なんでやめるの?」
それは勿論、津々見がいるからだ。
気持ち良ければそれで良い。誰だって構わないから、自分をもっと惨めにして欲しかった。そんな小山を変えたのは、間違いなく津々見なのだ。
恋人になろう。彼が発したその言葉が、どれだけ自分を救ってくれたことか。
津々見が求めている言葉にも、自分が感じている気持ちにも、もうとっくに気がついている。
「…貴方しか、いないんです」
あっという間にこじ開けられて、圧倒的な存在感を持って居座られて、何もかもを塗り替えられた。
最初は煩わしいとしか思っていなかったし、その他大勢の一人でしかなかったのに、いつの間にか小山の心には津々見がいた。
こんなにも面倒な自分を前にして嫌な顔一つしないどころか、それでも好きだなんて言ってくれる。卑屈になってわざとバラバラにした気持ちを拾い上げて、大事にしようとしてくれている。
そんな人、彼以外に知らない。
「本当はずっと…、ずっと、自分を好きになりたかったんです。もう一度誰かを好きになりたかったんです。もうずっと、ずっとなんです」
傷つけるのはもう疲れた。嫌いで居続けるのにもうんざりだった。辛くて苦しくて、逃げ出してしまいたかった。
「津々見さんだけなんです。こんな風に思わせてくれたのも、俺の手を引いて一緒に進んでくれようとしているのも、貴方しか…っ」
鼻の奥がツンとして泣き出しそうだ。一度零れ出た感情は留まることを知らず、止める術も分からない。
「もっと、近づきたい、もっと知りたい、俺を津々見さんでいっぱいにしてください、他のことなんか、考える隙間もないくらい、貴方のことを考えたいんです。だから…」
半ばしゃくりあげるように紡いだ言葉を遮り、津々見は強く強く小山の身体を抱きしめた。
「駄目だ」
駄目。
拒絶されたのかと身構える小山に、津々見は違うよと苦笑する。
「俺の負けって意味」
「負け…」
「今自分が言ったこと、世間ではなんて言うか知ってる?」
「え…」
「殺し文句、って言うんだよ」
そう言いながら津々見が小山の浴衣の帯を解いた。弛んだ布の隙間から手が入り込んできて、全身が逆上せたみたいに熱を持つ。
「抱かせて。限界」
抱かれたい。この人の手も、身体も、全て欲しい。
この人が欲しい。この人だけが。
「…は、い…」
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