毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 07

――そうか。自分は、照れていたのか。

不愉快といえばそうだし、またその逆だとも言える。なんとも掴みどころのないこの感情に、ストンと名前がついた。

「…上原にも言われました」
「へぇ。ここで違う男の話出すんだ」
「違くって、あの…」

トーンを一段下げた津々見の声に慌てて否定をする。自分が上原の話を持ち出したのにはちゃんとした理由があるのだ。

「同じことを言われたのに、上原と津々見さんの言葉は全然同じじゃなくて…」

今この場こそが、彼に歩み寄るチャンスなのでは。これを逃すとまたいつも通りに戻ってしまうのではないか。

そんなのは、嫌だ。

この人に「恋人ごっこ」をさせたいわけじゃない。やっと触れた唇も、こうして二人でいられることも、きっと俺は。

「だから、つまり」
「ちょっと待って。もしかしてすごく大事なこと言おうとしてくれてる?」

津々見の手が止まる。

「大事かは分かりませんけど…自分が思ったことを、伝えようかなと」
「だったらもう少し後にして。ちゃんと小山の顔を見て聞きたいから」
「はい」

こちらとしてはあまり顔を見られたくはないけれど、大人しく待つことにする。

「はい、終わったよ。目開けて」
「あ、ウィッグも…」
「ん。取ったげる」

彼に手伝ってもらいながらウィッグを外して、ようやく身を覆っていた何もかもから解放された。ほっと息を吐く。やはりこっちの方が楽だ。二度とこんなことはやりたくない。

「で?」

早速とばかりに津々見が小山の顔を見た。ドキリと心臓が音を立てる。先程の言葉の続きを促されているのは分かっていたが、改めて身構えられると、折角の気持ちが揺らいだ。

「俺と上原の言葉はどう違うの?」
「…」
「ちゃんとこっち見て言って」

逸らしかけた視線を無理矢理顔ごと引き戻された。最早逃げ場はない。諦めて口を開く。

「…上原に褒められても、なんとも…特別なことは、思わなかった」
「うん」
「けど、津々見さんは」
「うん」
「…津々見さんに言われると、何だかすごく、恥ずかしくなったんです」
「どうして恥ずかしかったの?」
「女の人の格好をして、嫌なのに…津々見さんが、本当に綺麗だって思ってるみたいな顔して、言うから」

頭の中にある感情を整理できないまま、途切れ途切れの言葉が口から滑り落ちていく。自分でも何を言いたいのかわからない。

「つまり?」
「つ、つまり」

多分。つまり。

「期待、してたんです…津々見さんが、そう言ってくれること」

顔が熱い。逃げ出したい。なのに視線を逸らすことができない。

「ぶはっ」

そんな小山を真正面から見つめていた津々見が、突如大きな声を上げて笑い出した。

「かーわいい」
「う…」

ぎゅうと強く抱きしめられ、呻き声が漏れる。

「いいよ。小山が俺に期待してること、して欲しいこと…全部言って。全部聞きたい」
「…津々見さんはもう十分、自分の我侭を聞いてくれてます」

十分すぎるほどいろんなものを与えてもらっているのに、これ以上何を望むって言うんだ。全部だなんて欲張ったら罰が当たる。

「全然我侭なんかじゃない。もっと俺を困らせてよ」
「…」
「言ったでしょう。俺は好きな人にはめちゃくちゃ甘いタイプだって」
「はい…」

密着させられた彼の胸に耳を押し当てると、その心臓が普段よりもずっと激しく鼓動を刻んでいた。それに気がついたら、何だかもうたまらなくなってしまった。

「…さい」
「え?」

津々見は優しい。そして、自分をとても大事にしてくれている。たくさんたくさん愛してくれている。

「キスしてください」

キスなんて好きじゃなかった。セックスという行為の一連の中で義務的に交わされるものにすぎないと思っていた。

それに何よりも、未だ胸の中に残り続けているあの恋人とのキスを、忘れたくなかった。好きな人と交わす口付けを、快楽を得る手段として交わされる口付けで上塗りしたくなかった。

でも、この人となら、いい。

津々見のキスは気持ちがいい。そんなことは知っている。だけど、気持ちいいから求めるんじゃない。たとえ拙い口付けだったとしても構わない。

「津々見さんと、したいんです」

自分が間違いなく彼だけを求めていることが伝わればいい、とそう口にすれば、津々見の手が小山の頬に触れた。

「無理してない?」
「してません」
「俺、まだ待てるよ」
「いいから」

待たなくていい。もういいから、全部奪って。

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