毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 05

もしかして、いや、多分、絶対。

「…」

言うべきかどうか一瞬迷う。だが今言わなければいけない気がした。

いつもいつも見落としてそのままにして、ずっとずっと後悔してきたのだ。気がつくことができたなら、それを拾い上げなければならないのではないか。それが今の自分にできることではないのか。

「上原」

小山の呼びかけに、上原が視線を上げる。

「ごめんなさい」
「!」

小さく頭を下げてそう言った。

巻き込んでごめんなさい。気がつかなくてごめんなさい。最低でごめんなさい。利用してごめんなさい。そういういろんな「ごめん」が詰まった言葉だった。

「俺、お前にひどいことをした。軽蔑されても仕方ないと思ってる」

上原はきっと、自分を好きになってくれたのだ。切欠も理由もどうだっていい。こんな最低な人間を好きだと思ってくれたことが嬉しい。彼の気持ちに対して、自分は何が返せるだろう。

すっと津々見の腕が離れていった。小山が懸命に気持ちを伝えようとしているのを理解したらしい。

「勝手に巻き込んでごめんなさい。俺の我侭に付き合わせてごめんなさい」

――多分、これが、今の俺にできること。

「好きになってくれて、ありがとう」

しっかりと上原のことを見つめながらそう言った。

彼の好意も、きっと津々見と同じ。嘘も偽りも無い真剣な気持ちなのだ。

だから自分も、嘘偽りない気持ちを返さねばならない。

「はぁー…」

上原が長い溜息を吐く。

「…気付いてたって?」

気付いていたわけではなく、たった今気がついたのだと言う。

「なにそれ。俺結構分かりやすかったと思うんだけど」
「全くそんな風に感じたことは…」
「眼中にも入ってなかったってことかよ」
「…ごめん」

罪悪感に苛まれもう一度謝罪すると、彼の方からもごめんという言葉が返ってきた。謝られるようなことはされていないのに。不思議そうな表情を浮かべる小山に上原は続ける。

「さっき…俺、課長と張り合ってお前のことひどい言い方しようとした」
「さっき…」

あぁ、だからさっき津々見が怒ったような声で上原を制したのかと納得する。恐らく自分の尻軽さを詰るような内容だったのだろう。課長はこんな奴が本当に好きなのか、こいつは誰とでも寝るような奴なのに、と。

「いいよ。事実なんだし」
「事実でも、言っていいわけじゃないだろ」
「…ありがとう」

素直に感謝の気持ちを口にした小山に、上原は怪訝な顔をした。

「お前、本当に小山?前と全然違うんだけど。いっつもいっつもツーンってしてて、他人のことなんか知りませんーみたいな感じだったのに」

頑なだった自分の態度を掘り返されてしまった。確かにその通りである。己のことしか省みていなかった証拠だ。情けないにも程がある、と俯いてしまう。

「…それは…ごめん」
「別に謝んなくてもいいのに」
「でも、感じ悪かっただろうから」
「本当に感じ悪いと思ってたら、好きになんかなってない」

改めて好きなどと言われ、小山はぐっと息を詰めた。その様子を見た上原が笑う。

「念のため言っとくけど、社内で変に避けたりとか気を遣ったりとかするなよ」
「あぁ、上原がそうしたいなら、勿論」
「そ。ならいいや。あと、…小山」
「ん?」

顔を上げた瞬間、唇の端にキスされた。

「ちょっと!」

津々見が後ろで珍しく焦ったような声を上げ、強い力で小山を引き寄せる。上原はしたり顔で笑っていた。

「今まで一回もしたことなかったから、最後に」
「…そうだっけ」
「そうだよ。じゃあ今度こそ…また明日ね」

また明日ね。その言葉に彼の優しさが滲み出ている気がして、小山の胸はちくりと痛む。

なんで、なんで俺は上原じゃ駄目なんだろう。どうして受け入れる気になれないんだろう。

「また、明日」

去っていく上原の後姿をじっと見送りながら、小山は必死で考えた。

これで良かったのだろうか。自分がしたことは、間違っていなかっただろうか。

「う、わ…っ」

だが考えが深い所に至る前に、津々見がそれを邪魔した。彼は小山の腕を引っ張ったまま、ずんずんとどこかに歩いて行く。

「あの、課長、どこに…」
「お風呂」
「浴場は反対方向ですが…」

旅館に着いた際に案内された大浴場を思い浮かべて指摘すると、津々見は足を止めないまま振り返った。

「家族風呂借りたから」
「家族風呂?」
「一緒に入ろう。早く小山に触りたい」

え、と声が漏れる。

大浴場の他に家族風呂なんてものがあること自体知らなかった。事前にそれを借りていたということは、最初から津々見は小山を連れ込む気でいたのだ。

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