毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 02

それを見た先輩が小さく笑う。

「大の男が二人でトイレに行くなよ」
「ついでだって。別にいいだろ」
「お前、最近小山に構いっぱなしだな」
「まぁね。大事な部下だし。可愛くって仕方ないよ」

どこか楽しそうに言葉を続ける津々見を見て、小山は溜息を吐いた。完全に面白がられている。

「お先にどうぞ、課長。自分は後でいいですから」
「いいから行くよ」
「ちょっと」

先輩の言う通り、男二人で狭い車両のトイレに行くのはいかがなものか。だが彼は掴んだ手を離そうとはしない。有無を言わさぬ力で引っ張られ、渋々後について行った。

「なんで無視しようとしたの」

車両を出てすぐ、津々見が不満げに問いかける。今の今まで楽しそうに笑っていたのに、よく分からない人だなと思った。同期の手前笑顔を保っていただけだったのだろうか。

「別に無視ってわけじゃ…楽しそうに話してたので、邪魔することもないかなと」
「邪魔になんてならないよ。声をかけるくらいのことをしてくれたっていいじゃない」

そんなことを言われても。

何の言葉をかければいいのかも見当がつかないし、例え話しかけたとしても自分がその後上手く会話を続けられるとは思えなかった。変に気まずくなってしまうのが関の山だ。そういうコミュニケーションは小山の得意とするものではない。

「ごめんなさい」

とりあえず自分の態度がいけなかったことは確かだろうと謝罪を口にすると、津々見はきょとんとした顔を浮かべる。そして。

「…小山ってやっぱり可愛いよね」
「…は?」

思わず怪訝な声が出た。

「愛想ないし言葉はキツいしとっつきにくいけど、たまに素直っていうか…」

褒められているのか貶されているのかどっちなのだろう。

「あー…うん。うん。なんか分かってきた。そっちが素だ」
「…?」
「ごめんね。今のは俺が悪かった」

どういうことか理解する前に、津々見の唇が額に触れる。驚くと同時に心配になって周りを見回すと、誰も見てないよとまた笑われた。

「ほら、早くトイレ行ってきな」
「あ…課長、先に」
「俺は小山と話をするためについてきただけだから」

なんて無駄なことを。

文句の一つでも言いたくなる気持ちをこらえ、小山はともかく目的を果たしに向かったのだった。



旅行のメインとも呼べる夜の宴会では、社員による出し物が行われることになっている。見る分には楽しいのだが、毎年毎年新しいネタを用意しなければならないので面倒だ。

小山は例年同期数人と組むことにしている。毎年メンバーを編成し直すのも大変なので、入社したときにたまたま組んだグループのままだ。

毎年この時期になると、事前に何度かメンバーで集まり出し物の準備を行うのだが、今年は本番間際になっても出し物の内容を教えてもらえなかった。それがどうしてだったのか理解したときには、もう逃れることは不可能な状況となっていた。

「動かないで」
「…はい」

同期の一人である女子が真剣な表情で自分と向き合っている。少し身じろぎをしただけで怒られてしまった。瞼を閉じず眼だけで下を向け、だの、顔を傾けるな、だの、矢継ぎ早にいろんな指示がなされる。

――なんで、こんなことを。

「小山くんって睫毛長いけど細いね。マスカラいらないかなって思ったけどやっぱいるわ。ウォータープルーフのだけどお湯でも落とせる奴だから安心して」

好きにしてくれ、と半ば投げやりな気持ちで思う。そもそもウォータープルーフなどとカタカナ語を並べられても分からない。

「わぁ、小山くんキレイ」
「この顔は絶対化けると思ったのよね」
「切れ長一重だからキツい印象になるかなって感じだったけど、これはこれで…」

数十分にもおよび顔を弄り回され疲労した小山を、他の女子社員たちがじろじろと舐め回すように見てくる。

「そっちの男どもはどう?」
「まぁ見れるっちゃ見れるけど…小山くんが一番かなー。あ、これつけてね。ウィッグ」

真っ黒な色をしたウィッグを手渡され、テンションは下がる一方だ。直前まで出し物についての内容を秘密にしようと言い出したのは、彼女たちに違いない。

「え、誰この美人…」
「これ小山じゃないだろ。別の奴だろ」
「…」

自分と同じく化粧を施された同期の男たちを見て、一層げんなりとした。確かに見れなくはないが、化粧の濃い大柄な人間が揃っているとおどろおどろしい。自分もそのおどろおどろしい集団の一員なんだろう。嫌だ。

「ほらほら、皆さんお待ちかねだからね!早く行った行った」

ぐいぐいと背中を押され、宴会をやっている大広間に放り込まれる。

「はい皆さん注目!そろそろいい感じにお酒の席も盛り上がってきたということで、今からうちの秘蔵っ子たちがお酌をしてまいりまーす。どうぞ存分に酔っぱらってくださいませ」

あちこちから笑い声が上がった。ウケは良かったようだ。

お酌って何、と尋ねる間もなく日本酒の瓶を持たされる。行って来いと女子たちに笑顔で促され、逆らうことなどできるはずもない。どうやらこれが今年の「出し物」らしい。

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