毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 05

無言を肯定の証と受け取ったのか、津々見は不機嫌そうに瞳を細める。

「この身体全部、俺にくれるって言ったくせに」

身体は、だ。

「まだ全部もらってない」

ここ、と指を差された。――心臓の、ある場所を。

「ここも含めて全部、でしょ」
「…っ」

この皮膚の下にあるのはただの臓器だ。心があるわけじゃない。きっとこの人もそんなことは理解している。だけど、津々見の言葉は確かに小山の心臓をぎゅうと強く締め付けた。

痛い。痛い。痛くて痛くて、泣けてくる。

――この人を好きになりたい、だなんて。

小山の瞳からぼろりと涙が落ちた。津々見が驚いたように息を呑む。この男にも表情を崩してしまうような人間らしいところがあったのだ、と状況に似つかわしくないことを考えた。

「…か」
「え?」

掠れた声を喉から絞り出す。泣いていることもあって一層聴き取り辛くなってしまう言葉に、津々見がちゃんと耳を傾けようとしてくれているのが気配だけで分かった。

「いや、じゃ、ないんですか」

平気で誰とでも寝るような奴なのに。自分の欲を満たすためなら、大事な人を簡単に裏切るような奴なのに。そんな奴、誰も欲しがらない。要らない。

「いやだよ。だから俺以外の奴とセックスしないでって言ったんだ」
「ちがう、そうじゃ、なくて…」
「うん?」
「きたなく、ないんですか」
「…それって、セックスしてる自分がってこと?」

質問に質問で返されてしまった。

「…」

端的に言ってしまえばそうなのだけど、そうではなくてもっと根源的な部分の話だ。だがそれをどう説明すればいいのか分からない。

返事に困った小山は、ぽつりぽつりと自身のことを口にした。

昔、好きになってくれた人がいたこと。自分もその人を好きになったこと。だけど自分が彼を裏切ったこと。彼が自分に幻滅したこと。それなのにまだ欲望のままに誰かを追い求めてしまうこと。

全てを話し終えた後、もう一度小山は問う。

「いやなんです、もう、同じことを繰り返したく、ない。課長だって、こんな奴、いやでしょう」

その言葉に対し、津々見は言った。

「じゃあ抱かない」
「え…」
「小山のこと、もう抱かない」

それは一体どういう意味だろう。考える間もなく、彼の手がこちらに伸びてくる。そのままさらりと優しく髪を撫でられた。

「俺さ、勘違いしてた。小山にはずっと忘れられない奴がいて、俺がその人に似てて、だから小山は俺のこと嫌がるのかなって。思い出したくないのかなって」

正解だけど、不正解でもある。

津々見は確かに「彼」に似ているけれど、でも同時に全く似ていない。「彼」との記憶は思い出したくないけれど、でも決して忘れてはいけない。

「そういうのじゃないんだ。俺だけじゃなくて、小山はきっと誰に好意を向けられても同じように拒絶するはずだ」
「…」
「それって、結局俺のしてきたことって結局他の奴らと何も変わってないってことでしょ。自分だけは特別だなんてほんの少し思ってたけど、ただの驕りでしかなかった。だから」

だから、ごめん。

唐突に謝罪され、小山はぱちぱちと目を瞬いた。その拍子にまた涙が零れ落ちる。

なんで、貴方が謝るんですか。――謝らなければならないのは、俺なのに。

「教えてあげる」
「おしえて、あげるって…なにを」
「俺と恋愛して」

驚いて固まってしまった小山の手を、髪を撫でていた方とは反対の手で絡めとられた。優しく、柔らかな手つきだった。今までそんな風に触れられたことはなく、小山の頭は益々混乱する。

「俺に愛されるってことが、どういうことか教えてあげる」
「あ、愛さ…」

何を言ってるんだこの人は。

「はいかいいえで答えて。ほら」

ほらと言われても。

「答えたくないなら、頷くか首を振るかでいいから」

答えたくないのではない。思考が追いつかないのだ。

目の前に突き付けられた選択肢はたったの二つ。以前の小山ならば簡単に選ぶことができたはずだった。答えなんて決まっていた。

「小山」

津々見の声が自分を呼ぶ。熱を帯びた瞳がこちらを見つめているのが分かって、全身がどっと熱くなった。

――そんな甘い顔で見るな。心の中で罵倒する。

どうしよう。どうすればいい。どうするのが一番いい。いくら集中しようとしても、意識が津々見にばかり向いてしまって全く考えが整理できない。

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