▼ 06
その時点で答えは出ているのかもしれない、と思った。自分の心に誰がいるのか。自分が誰を見ているのか。
だけど一つだけ気になる点がある。それが多分、自分の気持ちをせき止めている。
「もし、俺が、我慢できなくなって、セックスしたくなったら、どうしますか」
津々見は小山をもう抱かないと言ったけれど、小山の方が堪えられなくなったらどうするのだろう。浅ましくも快楽を求め続ける自分を、津々見は軽蔑するかもしれない。
だったら、恋愛なんてできない。津々見にまで軽蔑されたら、自分はもう。
どこまでも利己的な質問だとは思ったが、聞かずにはいられなかった。
「そういうときは言ってよ。ちゃんと抱くから」
「…」
そんなの簡単だとばかりに即答された。
「…そう、ですか」
ふっと肩の力が抜ける。
「抱かないって言ったのは、我慢させるためじゃないよ。小山の特別になりたいから、これまでと同じじゃ駄目だと思ったんだ」
「…」
「だから、誰でも良いとかじゃなくて…小山がちゃんと、俺っていう相手に抱かれたくなったときは言って」
ようやく彼の言葉の意味を理解した小山は潤んだ目を一度拭い、伏せていた視線を上げた。クリアになった視界に飛び込んでくるのは、津々見の優しく笑う顔だ。
「どう?安心した?俺の恋人になる決心はついた?」
苦手だったはずなのに、あんなに怖かったはずなのに、今は全く違う。どうしてあんなにも頑なに彼を拒んでいたのだろう。
今までずっと考え続けてきた。でも考えれば考えるほど分からなくなった。何が最善かなんて誰にも予想できるはずのないことも知っていた。
ならば、いっそ。
「…はい」
頷くとともに小さく返事をする。
――好きになってみたい。
そう思った自分の心を、信じたい。
好きになってくれた津々見のことを、信じたい。
もう逃げ道は塞がれてしまった。ドキドキと心臓が脈打っている。
「小山」
津々見は嬉しそうに笑い、小山の頭を引き寄せた。しっとりと重なる唇が一層鼓動を激しくさせる。
「ん、ん…っふ」
唇を優しく愛撫しながら、津々見は何度も好きだよと囁いた。甘い口付けと甘い声で同時に攻められ、頭の芯が痺れたように眩む。
もう何度もキスを交わしたはずなのに、小山はまるで初めて口付けられたかのように身体を硬く強張らせた。それに気がついた津々見が一旦唇を離す。
「…怖い?」
違う。怖いのではない。
「…これ、何ですか」
「これ…って?」
「こんなキス、今まで…」
津々見のキスが気持ちいいことは知っている。だけど、何かが違う。今までとは異なる何かがそこにはある気がして、小山はおずおずとその正体を尋ねた。
「そりゃそうだよ。恋人にするキスなんだから」
「恋人…」
「そうだよ。小山は俺の恋人。セフレじゃなくてね」
わかった?とまるで小さな子どもに諭すような口調で問われ、小さく頷く。するとさらに彼は小山の身体を抱きしめた。
「可愛いな」
「…急に、何を」
お互い裸のままなので直に肌が密着している。自分の心臓が馬鹿みたいに鳴っていることを気づかれるのは嫌だったが、強く抱き寄せられているため身を捩ることも出来なかった。
「数えきれない程キスもセックスも経験してる奴が、俺のキスひとつで子どもみたいに戸惑ってるんだよ。可愛くないわけがないでしょ」
「…」
「俺は好きな人にはめちゃくちゃ甘いタイプだからね。覚悟してね」
そんなことをいきなり宣言されても困る。覚悟とは一体。
黙ったままただ腕に抱かれている小山に、津々見は話を続けた。
「こんな奴いやじゃないか、って聞いたよね。さっき」
「…はい」
「いやじゃないよ。あぁ勿論さっきも言ったように、今の小山が他の男に抱かれたらいやだけど…そうじゃなくて」
「はい」
「いろんな人とセックスしたから汚いとか、気持ちいいことが好きだから汚いとか、そういうことは思ってないから。だったら最初から小山のこと好きとか言わない。上原とやってるとこも見てるんだし」
ぽんぽんと背中を軽くたたかれる。
この人は、俺がそう言って欲しかったのを分かってる。分かっていてもなお、わざわざそれを言葉にしてくれている。
「大丈夫。小山はちゃんと恋愛できる。俺がさせてあげる」
「…ありがとう、ございます…」
お礼を言うのは少し変かもしれないと思いながら、そっと腕を彼の身体に回した。
これが今の自分に出来る精一杯だ。歩み寄るのは少しずつでいい。きっと大丈夫。
――好きになりたい。この人のことも、自分のことも。
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