毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 03

流されて受け入れて、大事なものを見落とした自分を許せない。許したくない。

なのに、どうして。

あの日あの場所で無理矢理抱かれた感触を、小山はどうしても忘れられなかった。

大事な人を傷つけた日。普通ならもう二度と思い出したくはないはずの記憶を、何度も何度も頭の中で繰り返し再生させた。

そうして、気がついてしまった。自分が本当に求めていたものに。

――抱かれたい、なんて。

誰にも見せたことのないようなその場所を無理矢理開いて、奥まで暴いて、泣くまで苛められたい。嫌だって叫んでもやめないで、擦って、ぐちゃぐちゃに突かれたい。

自分の中にある秘めた欲望を眼前に突き付けられ、小山は絶望した。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。こんな自分、嫌いだ。大嫌いだ。

それからずっと、小山はその優しい恋人――正確には元恋人だが――を裏切り続けている。



最初に津々見と身体を重ねたときは気がつかなかった。裏がありそうな笑みも、器用な立ち回り方も、「彼」とは正反対だったからだ。「彼」は裏の無い人間で、それゆえにいろいろと不器用だった。そういう真っ直ぐなところも、好きだった。

だが津々見と過ごすうち、そのあちこちが「彼」に似ていることを発見した。甘い瞳、優しそうな声、長くきれいな指。

一度目についてしまうともう駄目だ。津々見の姿を見る度、じくじくと胸の奥底が痛み、そしてその胸の痛みに安堵する。

――大丈夫、俺はまだ、俺のことを嫌いでいられる。「彼」を傷つけた自分を許せないから、だからこんなにも胸が痛いのだ。

「好きだよ」

津々見がそう言ったとき、全身がぞわりと粟立った。

恐怖によるものではない。歓喜で、だ。

嫌だ。違う。

「彼」に似ている津々見に好かれたから、こんなにも胸がざわめきたつのだ。それならばまだ許される。「彼」はまだ自分の中にいる。

「俺は小山が好き」

しかし、それが勘違いだということを津々見の言葉で判らされてしまった。

――最初から、全部見せたのに。

快楽さえあればなんだって構わない。相手なんかどうだっていい。自分はそういう風にしか生きられない。大嫌いで汚い自分の、大嫌いで汚い部分を、全部全部晒してみせた。それなのに津々見は、そんな小山を好きだと言った。

この人なら許してくれるのかもしれない。ありのままの自分を受け入れてくれるのかもしれない。

この人は、自分を軽蔑しない。

津々見は――「彼」とは違う。

この胸がざわめきたつのは罪悪感からでもなんでもない。自分に対して向けられる好意にこの上ない喜びを感じているからだ。

俺は、「彼」とは違う人に好かれて、喜んでいる。

そのことに気がついたとき、愕然とした。

「や、いやだ…っ、離せ、いやだ」

忘れたくない。忘れなくていい。あの優しい恋人が傷付いたのと同じ分、自分だって傷つかなけらばならない。

そのために今まで無理矢理身体に覚えこませて、名も知らないような人たちに何度も抱かれて、裏切り続けてきたんだ。もっともっともっと。もっと痛めつけなければ。もっと自分を嫌いにならなければ。

「なんで、なんで課長が、俺なんか…っ」

なのになんで、こんな自分を好きだなんて言うんだ。



目を覚ますと、当然の如く隣には誰もいなかった。

「…」

夢だったのだろうか。

だったらいいのに、と思う。本当はずっと誰かに好きだと言ってほしかったことも、津々見の言葉に心が震えたことも、もう無かったことにはできない。

重い身体を無理矢理起こし、ベッドから降りる。と、足元にひらひらと何かが落ちた。ホテルに備え付けられているメモ用紙だ。不思議に思って拾い上げてみる。

――自分の身体、見てみなよ。

几帳面そうな細い字で、たった一言、そう書かれてあった。津々見の字であることはすぐに分かった。

…身体、って…。

紙の上の文言の通り、自分の身体に視線を落とす。――そして、後悔した。

「…っ」

白い肌の上に、まばらに散った赤い痕。一つや二つどころではない。胸や腹、よく見れば太ももの内側にまで無数に拡がっている。

今までどんな相手にだって許したことはないその痕を、他の誰でもない津々見がつけたのだ。

所有の証なんて意味が無い。ちっぽけな痣ひとつで何が変わる。そんなもの、つけるだけ無駄だ。

「…」

だがどうしてか、小山の心臓は激しく鼓動を刻んでいる。

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