▼ 02
彼の友人カップルは、確かに「いい人」だった。
セックスが上手くいかない辛さにも理解を示してくれたし、親身になってその悩みを共有しようとしてくれていた。初めは気の乗らなかった小山も、話していくうちにこの人たちなら何かいいアドバイスをくれるのかもしれない、と少し緊張の糸を解いた。
だけど、違った。彼らのやり方と自分が求めていたやり方は、恐ろしい程にかけ離れていたのだ。
「大丈夫だよ。ほら、ちゃんと気持ちいい顔見せてあげて」
無理矢理向けさせられた視線の先では、自分の恋人とその友人の一人がこちらを見ていた。カッと頬が熱くなる。
――やめろ。見るな。違う。これは、俺じゃない。
「もうやめて…ここまでするなんて、聞いてない…」
彼は小山の様子を見て痛々しそうに瞳を細め、震える声でそう言った。
「えー…お前、彼氏に気持ちよくなってほしかったんじゃなかったの?」
「そうだけど、でも」
「大丈夫だって。小山くんもさ、一回経験しといたほうがいいよ。セックスってこんなに気持ちいいものだっていうのを。こいつすげーうまいし」
「うまいってなんだよ」
後ろの男が笑う。
「うまいよ。俺いっつもアンアン言わされてんじゃん」
友人と彼らの間で交わされる会話を聞いている最中も、腰の動きは止まない。はぁ、はぁ、と堪え切れない息が溢れ出してくる。
「こんなのよくあることだって」
よくある、こと。
「こんな風にやるんだーっていうのをお前も小山くんも理解すればさ、次からは二人だけでも上手くやれるだろ?」
そういうものなのか。俺がちゃんと理解すれば、彼と苦痛の無いセックスができるのか。
「ほら、小山くんに聞いてみて。俺の彼氏、うまいだろ?」
友人に諭され、彼がおずおずと自分に向かって口を開いた。
雅宗、気持ちいいの―――と。
――言っても、いいんだ。
小山は彼の言葉をそう理解した。
セックスがこんなにも気持ち良いだなんて、知らなかった。
苦痛だなんて、もうそんなこと思わない。今まで気付けずにいてごめん、と。
自分の理解を示せば、彼は喜んでくれる。だからそんな質問を投げかけてきたのだ。そう思った。
「…いい、いぃ…きもち、いい…ッ」
一度口に出してしまえば、あとは簡単だった。
「んは…っ、あ、あぁ、もっと、奥…、ひ、あぁっ」
「はは、小山くんどうしたの。すげぇ」
「だって、だってきもちい、あ、もう、もういく、いくぅ、あうっ」
気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。もっと欲しい。もっとその硬いもので奥を突いて、擦って、イかせてほしい。どろどろになるまで濡らされたい。
「あッ、んん、ふ、はぁ、はぁ…っ、いい、いい、すご…」
太く張りつめた先端が、自分の孔を犯している。後ろから獣のように何度も何度も出し入れされて、窄まった場所をぐちゃぐちゃにされて、無理矢理開かれている。なんていやらしい行為だろう。
頬が冷たく濡れているのに気がついた。気持ち良すぎて泣くなんて、ありえないと思っていたのに。
「あぁ…っやべぇ、締まる…」
切羽詰ったような声がして、一層激しく腰を叩きつけられる。肌の触れ合う淫猥な音がして、小山はびくびくと腰を上げたままのたうった。
「いく、いっちゃう、もう、もっと、そこ、そこして…っ」
「ここ?ここでいいの?」
「あはぁぁ…ッ!」
敏感な場所を力強く押し潰され、身体の奥がぱっと弾け飛ぶ。シーツの上にどくどくと白濁を吐き出した。
同時に後ろの男が息を詰め、ゴム越しに吐精しているのをぼんやりとした頭で感じ取る。
――こんな、こんないやらしい行為が、セックスなんだ。
*
別れよう、と言われたのはそれから何ヶ月か後のことだった。
「…うん」
「ごめん、ごめんな。雅宗は悪くないんだ。俺が勝手に…」
数か月の間ずっと悩んできたのだろう。この期に及んで自分を悪者にしようともしない彼の優しさが、深く深く突き刺さった。
「いいよ。大丈夫。分かってるから」
分かってる。あの日、あの瞬間、彼の言葉を勘違いしたのは自分の方。
目先の快楽に溺れ、醜態を晒した。何故彼があんな質問をしたのかなんて、考えようともしなかった。
「別れよう。もう二度と、会わないようにしよう」
それ以上別れの言葉を彼に言わせては駄目だ。だから小山はそう言った。
――彼は、優しいこの恋人は、自分を軽蔑したのだ。
「俺のことは、忘れて」
折角好きになってくれたのに、こんな自分を愛してくれたのに、全てを崩してしまった。
あの日彼が問いかけた質問の正しい答えは、きっと否定の言葉だった。
別の人と別人のように行為に及んだ挙句、気持ちいいなどとみっともなく声を上げた恋人の姿を見て、彼は深く傷ついただろう。傷つけたのは紛うことなく自分だ。
もっと罵ってくれればいいのに。最低だとか気持ち悪いとか、そんな風にはっきりとした嫌悪を向けてくれればいいのに。そうしたら、俺は俺を許さないでいられるのに。
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