毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 03

「デートしようよ」

デート。これほど自分たちに似つかわしくない言葉が他に存在するだろうか。

「嫌です」
「言うと思った。でも駄目だよ。小山に拒否権は無いから」
「デートなんて、自分と課長の間に必要ありません」
「どうしてそう思う?俺は小山と恋人になりたいって言ったよね」
「だから、嫌だって言ってるじゃないですか。自分は誰のものにもなりません」
「なんで?俺のこと嫌い?」
「…」

嫌いか好きかで聞かれれば、勿論嫌いの部類に入る。だけど嫌いというよりは、「怖い」と言った方がしっくりくる。

津々見は怖い。いくら逃げようとも、いくら壁を築こうとしても、簡単に捕まえられてしまう。

自分自身でさえも知らないような領域に土足で踏み込まれた挙句、今まで目を逸らしてきた根本の部分を眼前に突き付けられているような、そんな感覚にさせられるのだ。

「嫌いな相手と何度もセックスするんだ、小山は」
「…貴方が人のこと脅すからでしょう」
「小山と上原が社内でセックスしてましたーなんて、俺が本気で人にべらべら喋ると思ってんの?そんな子どもじみたくだらない嫌がらせをしたって、メリットは一つも無い。やるだけ無駄だ」
「何が言いたいんです」
「気づいてないなら教えてあげる」

津々見は小山の耳元に顔を寄せ、ほとんど吐息とも言える声で囁いた。

「小山さぁ、昨日からずっと物欲しそうな顔して俺のこと見てるんだよ」
「!」
「中途半端で終わっちゃったもんね。小山が拒むから」
「そんな顔、してな…」
「してるよ。夜だって、俺に抱かれると思ってたくせに。手出されなくて拍子抜けした?」
「…っ」

――してない。してない。そんなこと、あってたまるものか。

確かに気持ちがいいことは好きだ。セックスもキスも数えきれない程した。だけど相手なんかどうでもよくて、快楽を与えてくれるならば誰だって構わない。好きなのはあくまでも行為自体なのだ。

もしこの関係が終わったとしても、惜しむべくは津々見が与えてくれるこの上なく気持ちの良いセックスだけだ。彼は今までであった人の中で、一番うまかった。ただそれだけの話だ。

なのに、なのに。

「知ってるんだよ。小山、俺とするようになってから、他の誰ともしてないでしょ?」

その言い方じゃ、まるで、自分が津々見だけを望んでいるみたいじゃないか。

「それは…」
「上原とも、もうしてないよね。さっき気まずそうに視線逸らされてたし」

…目敏い男だ、と小山は思う。まさか見られていたとは。

「いいんだ。脅されてるから嫌々抱かれてるなんて無理矢理取り繕わなくても。小山が望むなら、何度だって抱いてあげる」
「違う、取り繕ってなんか」
「他の人となんかもう二度としなくていい。俺だけにすればいい。満足させられる自信はあるよ」
「やめてください」

少し大きな声が出た。隣に座る津々見の顔を睨む。

「やめてください。これ以上、何をやれっていうんですか。もう十分でしょう。俺が誰に抱かれようが、貴方には関係ない」

手の中にある缶を強く握りしめた。

――怖い。この人が、すごく怖い。

人が努力して努力してやっと隠した部分を、どうしてこの人は全部暴いてしまうんだ。そんなに簡単に言葉にするな。

折角必死になって嫌だと思いこませて、何とかこちら側に踏みとどまっているのに。勝手に枷を外して、俺を自由にさせるな。

「やめてください…お願いです…本当に」
「…」
「ほっといてください、これ以上、何も」
「…小山」


はぁ、と大きく息をつく音がする。溜息を吐きたいのはこっちだとまでは言えず、小山は仏頂面のまま黙り込んだ。

「…」

どうしてここまで彼を拒絶してしまうのか、自分でもよく分からない。でもどうしても拒まなければならないような気がしてならなかった。

「…ごめん。怒らせる気はなかったんだ」

とりあえず津々見も、今日のところは引き下がってくれるらしい。安堵の息を吐いてコーヒーを喉に流し込んだ。

「とりあえず、今夜は付き合ってよ」
「…」
「駄目?晩御飯奢るから」
「…別に、いいですけど…」

だが、小山は気がついていなかった。そもそも何一つ問題は解決していないことに。



彼の手が、指が、身体を這う感触にただひたすら感じ入る。あぁ、気持ちいい。もっと欲しい。そんな思いで津々見を見上げる。

「気持ちいい?」
「あはぁ…っ!」

ぴん、と指先で胸の先端を弾かれて、小山は熱く息を吐いた。些細な刺激にすらも反応してしまうのは、昨日の一件があったからかもしれない。物足りなかったのは確かに間違いではなかったのだ。

「…ね、気持ちいい?」

津々見は見透かしたような笑みを浮かべ、ゆっくりと小山の中を穿つ。何度も何度も、確かめるような動きで。

「あ…っ、あ、ぁ、んん」

内側を丁寧に擦られ、小山は奥歯を噛みしめた。いつもよりねちっこい。だけど、いつもより気持ちがいい。だからなんだって構わない。そうやって結局身体を許してしまうあたり、つくづく自分は快楽に弱いのだと思い知らされる。

「きもちぃ…ッあ、は、んっ、ん、ぁあ…」
「俺とセックスするの、好き?」
「はい、はい、すき、です…っ」
「そう。良い子だね」
「あっあ、あんっう、ん、う、や…っ、もっと」

抜かれるのを引き止めるように腰に脚を回すと、津々見が喉の奥だけで笑うのが分かった。本当にこの男はよく笑う。仕事をしているときの営業用の笑みではなく、心から零れ出るような笑みだ。自分といるときはいつもそう。

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