毒を食らわば皿まで | ナノ


▼ 04

ただでさえ綺麗な顔の造りをしているのに、そんな風に笑うと余計に甘く見える。女子社員たちがよく彼のことで騒いでいるのも頷けた。でもきっと、彼女たちは彼のこの表情を知らない。

「小山」

もう何回こうして名前を呼ばれただろうか。蕩けきった瞳で津々見を見上げ、返事の代わりに背中に腕を回した。飄々としている癖にその肌はしっかりと汗で湿っていて、ひどく興奮する。この人も汗をかくほど夢中になっているのだ、と。

「小山、聞いて」
「は、い…?」

津々見は小山の身体を抱きしめ、ふとそう言った。

そして。

「好きだよ」

霞がかった思考の中、突如としてその言葉は飛び込んできた。

「俺は小山が好き」

甘く響く言葉を、口の中で反芻する。

「好き…?」
「そう。好きなんだ」

好き。津々見が、自分のことを。

「…っ!!」

理解した瞬間、小山は切れ長の瞳を見開き、回していた腕を慌てて解いた。

「や、いやだ…っ、離せ、いやだ」
「小山」
「なんで、なんで課長が、俺なんか…っ」

勘違いじゃ、なかった。この男が自分を本気で好きなのではないかと感じたのは、錯覚なんかじゃなかった。

ただ容姿に恵まれているだけの小山とは違い、津々見には人望も信頼もある。他にも数多の相手はいるだろうに、どうして自分なんかを好きだと言うんだ。

いらない。好きの言葉なんて欲しくない。こんなことなら、最初から許したりしなければ良かった。

「ん…っ」

必死になって逃げようとする小山の口を、津々見の口が塞いだ。

「ん、や、ぁ…っや、んんっ」

いやだ。やめて。言葉にならない声で抵抗するが、濃厚な口付けに次第に身体から力が抜けていく。

「ふ、ぅ、や…っだ、やめ」
「あのさぁ、いい加減俺だって怒るよ」
「はぁ…っ?」

怒りたいのはこっちだ。肩で息をしながら彼を睨み、濡れた唇を拭う。津々見も珍しく本気で怒っているらしく、同じようにこちらを睨み返してきた。

「誰を見てるわけ?」
「!」

ドクン、と心臓が音を立てる。

――気づいてる。この人は、全部。

「俺を通して他の奴のこと思い浮かべて、楽しい?楽しくないよね?」
「…なんで、それを…」
「なんで分かったのかって?馬鹿にしてんの?」

長い指が顎にかけられる。ぐいと無理矢理上を向かされて、真っ直ぐな瞳が視界に映った。

「好きだからに決まってる」
「…」
「小山のこと見てたから。だから分かる」

返事をすることができない。言葉が見つからない。そんな小山に津々見はさらに続ける。

「俺のことを嫌いでも構わない。だけど、拒む理由が俺とは別のところにあるのは…それは、違うだろ」

無意識とは違う。本当は気がついていたのだ。何故自分が津々見を怖いと感じるのか。最初は軽い気持ちで受け入れたはずの関係を、何故こんなにも断ち切ってしまいたいと思ったのか。

「…ごめん、なさい」

掠れた声で謝罪を口にした。津々見の言ったことは何一つ間違いのない真実だった。小山は津々見が嫌いなわけじゃない。津々見を拒んでいたわけじゃない。

「謝罪なんていらない」
「あ…ッ」

ぐちゅ、と音を立てて一突き。忘れかけていた快感が呼び覚まされ、甘い声が漏れる。

「俺は、君が欲しい」
「ひっぁ、あ、あっ、ん――ッ」

大事なことを言われているような気がするのに、思考が融けて何を言われているのかすら分からなくなっていった。

気持ちよくて、よすぎて、たまらない。どうにかなってしまいそう。

「んっ、んんぅっ、はぁ…っ、あ、あ、あぁっ、あ、あっ!」

ぼやける視界。歪む景色。背を反らしシーツを掴み、身も蓋もなく善がり狂う。

「…気持ち、いい?」

律動の合間に津々見が尋ねた。こくこくと頷きながら答えを返す。

「ふ、ぁ…っいい、いい、もう、すご、きもちい、いあぁっ、ぁうっ、んんっ」
「…」

津々見はそれ以上何も言うことはなく、ただひたすら激しく自分を抱いた。

何時間も鳴き続けたおかげで最後の方は声すら出せなくなってしまい、記憶もほとんど無い。

自分が何回達して、彼が何度達したのか。いつもはゴム越しに吐き出されるはずの精液が、腹の中を満たしていく。苦しい。そう思うのに、やめられなかった。

だから、だから嫌なんだ。

結局自分は、あの頃と何も変わってない。変わろうとも思わない。楽な方へ楽な方へ流されて受け入れて、大事なものを見落としていく。

――だから俺は、俺のことが嫌いなんだ。

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